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 ハイクプロジェクトの歴史

  ハイクプロジェクトの概要を映像でご覧いただけます(約6分) 世界こどもハイクコンテスト


東京オリンピックが開かれた1964年、日本航空はアメリカの音楽番組で「ハイクコンテスト」を呼びかけ、このとき、全米から41,000もの俳句が投稿されました。その後、1982年から1988年にかけて、不定期ではありましたが、カナダやオートラリアにおいても「ハイクコンテスト」が実施され、それぞれ1万数千から、多くは60,000にものぼる俳句が集まりました。

公益財団法人JAL財団 (旧:財団法人日航財団) は1990年以来、日本航空の “子どもハイクの事業” を引き継ぎ、日本及び全世界の子どもたち(15歳以下)を対象とした『世界こどもハイクコンテスト』を設け、2年に一度開催しています。 これまでに52の国・地域から68万を超える作品が寄せられています。

俳句は、元来、ことばだけで表現し、絵を伴うものではありませんが、子どもたちに豊かな感性を育んでほしいという財団の願いから、子どもたちが俳句を詠んだときの目の前の光景や記憶にある情景を子どもたち自らの手で描きとめてもらうことにしました。
子どもたちの作品にはお国柄やその国の社会情勢やものの見方が反映されます。絵に描いてみせることで、異なる国や地域の人々に、より理解されることにもなります。

コンテストの優秀作品は『地球歳時記』という本として出版され、すでに14巻を数えています。どの巻も、個性豊かな子どもたちの俳句と絵であふれています。

  第11回 第12回 第12回 第13回 第13回 第13回 第14回 第11回


JAL財団は、世界中の子どもたちが俳句を学ぶことで、日本や日本文化を理解するだけでなく、俳句を通して感動をわかちあい、相互交流が深まっていくことを願っています。
そして遠い異国に住んでいても、同じ「俳句」を通してつながることができるということを、みなさんが理解してくださることを願っています。