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■ 第13回 滋賀県長浜市の景観まちづくり 2005.4.1
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今回は、豊臣秀吉が城を築いた城下町、琵琶湖畔の滋賀県長浜市を紹介します。長浜は城下町以外にも、歴史的にさまざまな顔を持ってきました。江戸時代に入ると真宗大谷派大通寺の門前町、交通の要衝としての宿場町、琵琶湖の港町、さらには生糸や浜ちりめんの商工業都市として発展を遂げています。
このような長浜のまちも、特に、昭和50~60年代にかけて、中心市街地が激しく荒廃していった時期がありました。このような背景の中、景観を根底に意識した、まちの再興・再活性化が図られてきました。
1983年には400年ぶりに長浜城が再建されていますが、総コスト10億円の中、4.3億円は市民からの寄付によるものです。景観づくりに長年携ってきた商工会議所の吉井さん、㈱黒壁の伊藤さんにお話を伺いました。
「景観によるまちづくり紹介」は1年にわたり掲載させていただきましたが、より良いページづくりを目指し小休止させていただきます。皆様からのご意見お待ちしております。
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- まちづくりのきっかけは、市制40周年、長浜城再建の年に開催された「長浜出世まつり」。この催しを一過性のものとせず、当時の盛り上がりを継続した形で、以後20年以上現在もまちづくりは進行中である。
- 翌年には「博物館都市構想」が策定された。市民が育んできた文化や伝統的なまちの雰囲気を現代の生活の中に生かして、まち全体を博物館のように魅力あるところにすると同時に、個性ある美しく住めるまちにしようという考え方である。
- 次いで「基本プラン」が作成されるが、何故中心市街地が衰退したか徹底的に分析された。大型店の郊外進出よりも都市構造の変化が主原因ではないか、また、秀吉の時代には地方文化を育てるという役割を担ってきた都市の魅力が失われてしまったことがもう一つの原因ではないかと整理した。
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表参道
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- どのような客を呼び込むのか考えた。「来てもらうにはまちをきれいにしなければならない」と景観形成には最初から力を入れてきた。
- 以降、市、商工会議所、商店街が一体となり、商店街の景観形成、アーケードの大改修など、再活性化を目指した様々な事業が推進されていくことになる。
- 長浜市は戦災を免れており、その後火事で一部を失うものの、江戸末期から大正にかけての古い建物が100軒ほど残された。
- 低コスト化もあり"改築"ではなく、伝統的な木造建築物の"改修"を始めた。一文字瓦・白壁・格子の三つが基本、店舗のシャッターは除去した。
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築200年
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- 大通寺に通じる表参道沿いの改修は、161m、32軒が対象となった。老朽化したアーケードを撤去するとともに、個々の店舗には平均1.2~1.3m道路より後退してもらい道幅を広くした。
- セットバックの幅がまちまちであったことが、結果的に複雑な庇のラインを形成し、趣のある景観を呈している。空間ができ大通寺までの見通しが格段に良くなった。
- 改修に先がけ、少し離れた場所にある駐車場に、モデルとなる木造のトイレを造った。この"しかけ"により、具体的なイメージを住民に見せるとともに、景観形成の意識付けを行った。
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トイレ(モデル)
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- ユニークな動きとしては、「プラチナプラザ」がある。55才以上の市民に限定し、一人50,000円の出資を仰ぎ、商店街の空き店舗を活用して、ビジネスをしてもらうものである。過大な投資をしないことがモットー。
- 空き店舗問題と高齢者問題を同時に解決しようとの面白い試みである。現在、野菜工房、おかず工房、リサイクル工房、井戸端道場の4店舗が営業中。野菜工房は平均年齢が最も高いため正午には閉店。
- 喫茶店である井戸端道場で、常連の87才女性客とお話をさせてもらったが、ほぼ毎日来店し近所の人々との会話を楽しんでいるとのこと、最近ひ孫も生まれた。
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井戸端道場
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- 吉井さんによれば、まちづくりはすでに目標の80%以上を実現し、駅周辺整備が終了する2008年には100%完了となる見通し。しかし、連続性を保つため毎年何かをしなければならず、この意味では永遠に終わらないことになる。
- 最近は、中心市街地についても昆虫、植物など生き物と共生できる緑豊かな場所にする方向で、住環境を整えたいと考えている。
- 年間220万人の訪問者、来てもらえることは大変うれしいが、ゆっくり楽しんで欲しいとの願いもあり、今ぐらいがちょうど良いと吉井さんは考える。
- 当初の行政のがんばりに加え、"頭脳という人的資源"と"出資するオーナー"の存在が、まちづくりの成功に大きく寄与している。今では皆が他のまちの人に「住むのに良いまち」と自信をもって言えるようになった。
- ところで、長浜のまちづくり、一方の推進者は株式会社黒壁である。
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黒壁
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- 先ずは「黒壁」周辺の空き家や老朽家屋を中心に、借家したり、買収したりした上で、これまでに約60軒の修理をしてきた。「人に見られて恥ずかしくないものにしたい」との思いを込めた。最初から景観を強くイメージした訳ではないが、結果的に美しい家並みになった。
- 地方にとっては小さなお金も役に立つ」とは伊藤さんの言。文化的なものを中心に、発信力を常に高めることが地方の生きる道と考えている。
- 当初、市に4,000万円も出資させてしまったとの感があり、何とかしなければとの意識が生まれた。市側とも良い関係にある。
- 独自の発想でまちづくり、活性化を進めてきた黒壁は、わが国で最初の本格的なまちづくり会社と言われている。彼らの活動がなければまちの空洞化は、取り返しのつかないところまで行ってしまったかも知れない。(太田正美)
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まち中に昆虫を…
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