日航財団>景観

第19回 ゴルド(フランス)の景観まちづくり 2006.8.1

ゴルド全景
限りなく高く青く澄んだ空に向かってそそり立つゴルド(Gordes)は、初めての訪問者に対し、あたかも夢の中の架空の村に来たような錯覚を起こさせます。
「フランスで最も美しい村」(後述)の一つに選ばれたゴルドは、南フランス・プロヴァンスのリュベロンと呼ばれる地方にあります。アヴィニョンの東38kmに位置し、海抜375mに造られた、人口2,100人の小さな村です。

ゴルドを象徴する旧領主の城と教会を最上部に構え、これら建造物の下の斜面、というより切り立った崖に沿って村が造られています。あえてこのように不便な場所に村を造ったのは、古くから外敵の攻撃に晒されたフランスの地方都市の知恵でもあると思われます。

村の周囲は一面オリーブ畑やブドウ畑、牧草地といった農村風景を呈しており、このあたりがフランス農業の一つの中心地であることが分かります。プロヴァンスは特にオリーブの一大産地です。

イギリス人作家ピーター・メイルが一時的に移り住み、エッセイ「南仏プロヴァンスの12か月」を出版し、紹介したのは隣のメネルブを中心とする地域ですが、そこに書かれている穏やかな村民の暮らし振りは、ゴルドにもそのまま当てはまるものと思われます。
ゴルド村長のMaurice CHABERT(モーリス・シャベール)さん、文化担当のLaure ALONSO(ロール・アロンソ)さんに景観づくりに関するコメントをいただきました。


 


「フランスで最も美しい村」ロゴ


ゴルドの位置

石造りの民家

 

ゴルド西斜面
  • 非営利団体「フランスで最も美しい村協会」が設立されたのは1982年である。ともすれば無視されてしまう、小さな村々に存在する特徴ある歴史的財産を、保全・修復、さらにはプロモートすることを目的に当協会は設立された。
  • "Les Plus Beaux Villages de France"(フランスで最も美しい村)は、トレードマークとなっており、現在142の村が認定されている。
  • これらの村々の人口は概ね2,000人未満、開発から免れた自然財産や優れた歴史的建造物を有している。村の財産を守ることにより、村自身の価値を高めることが「最も美しい村」運動のネライ。特に「質」には神経を使っている。
  • 審査は27項目におよぶ評価基準に従い、専門家により毎年厳しく行われている。5年毎に見直しており、村の状況によっては認定が取り消されることも多い。
  • 協会からの財政的支援は一切ないが、認定されると「フランスで最も美しい村」の名称とロゴを使用することができ、イメージアップを確実に図ることができるため、享受するメリットはかなり大きいようだ。
  • 道路沿いの景観への配慮、個人住宅の修復などは自主的に行われている。最も美しい村々は相互に切磋琢磨、刺激し合うことにより、その質を高めており、周囲からの羨望の的となっている。


農村風景


旧領主の城
  • 遠くから眺めると小高い山の上に浮かんだように見えるゴルドは、1996年「フランスで最も美しい村」に認定された。このインパクトは極めて大きく、世界中から訪問者が来るようになり、観光のみならず経済的に大きく成長できたとのこと。特に、本物のよさに憑かれた人々を引き付けているようだ。
  • 1982年より村長を務めるシャベールさんは、「知られざる村を、愛すべき有名な訪問地に変貌させてくれた」と最も美しい村運動を高く評価している。
  • ゴルドの持つユニークな魅力や独特なキャラクターを大変誇りに感じており、村の質の維持・向上にあらゆる努力を傾注している。
  • キツイ斜面に建つ家々は、すべて石造りであり、古いものは11~12世紀、新しいものでも多くは16~18世紀に造られている。古さのスケールが違う。
  • まち並みは基本的に当時より変化しておらず、今日に至っている。現在も住民の生活の場であり、あちらこちらに活気が感じられる。
  • 大多数のプロヴァンスの町村で見られる黄褐色と異なり、ゴルドの家々の壁は灰色がメイン。素材である石灰岩質の石の色そのもの…。
  • 家々に通じる道路はどれも狭く迷路のようになっており、直線は見当たらない。もちろん車は入れない。中世のまち並みが残された理由の一つかもしれない。


眺望景観
  • 坂道や階段を少し下ると一気に視界が開けるが、ここから見下ろす農村景観は圧巻であり、息を呑む。遠くにリュベロンの山並みを望むことができる。
  • かつてシャガール(Marc Chagall)、マラ(Pol Mara)などの有名な画家たちがゴルドに住みついたが、マラはこの村が特に気に入ったようだ。彼の作品は城の中にある美術館に収められている。
  • 18、19世紀には靴などの皮革製品、石の切り出し、絹織物、オリーブオイル、羊毛などの産業で繁栄を極めたが、職人たちは主として村の下方地域に集中して住んでいた。
  • ゴルドは防御的に造られた村であり、外敵の攻撃を避けるための工夫の仕方を、どこよりも熟知していたと言われる。中世のまち並みを現在の住民にそのまま残すことができた理由がここにもあるようだ。

ストリート
  • 実際には侵略、宗教戦争、伝染病、地震、第二次世界大戦時の爆撃など幾多の苦難に遭遇しているが、そのたびに村に強い愛着をもつ住民により、これらの困難を乗り越えてきたとのことである。ただ美しいだけでなく、このような歴史的な背景が人々を魅了する所以でもあるような気がする…。
  • 今日では村のアンティークな雰囲気を壊さないよう、例えば新規建物は石で覆われていなければならないとか、窓ガラスは決められたサイズを越えない、というようなルールに基づきゴルドの景観を守っている。ルールは建築家を含む村民チームにより議論され、決定される。電線類は地中化した。
広場


斜面に建つ家々
  • 景観保全のためには、その土地の歴史や自然環境を理解・尊重すること、さらには住民のセンスのよいもてなしも重要であり、これらが村に本物の魂を吹き込んでいると考えている。
  • ゴルドの壮観さを大切にしたいとの思いから、村民は村をケアーすることの必要性を感じている。景観に対する意識は高い。自分の家や庭を改良・修復する場合には、あたかも「宝石を磨くような気持ち」で臨んでいるとのこと。
  • 村を愛する気持ちから、行政も厳しく歴史遺産を管理。「さまざまな苦労があったが、解決策が見つからなかったことはない」、成果は「村を遠くから眺めてもらえば、そこに答えがある」と、結果についても並々ならぬ自信を持っている。
  • 「散歩してもらうのもよし、泊まってもらうのもよし」…。ゴルドは本物のよさを訪問者に提供し続けたいと考えている。(太田正美)




Copyright 2006 JAL Foundation, all rights reserved