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■ 第21回 柳井市の景観まちづくり                   2006.12.1


さまざまな年令層からなる多くの市民の、まちを良くしようとする意気込みが感じられます。気候の温暖さに加え、人情に厚い土地柄があるようです。柳井市は山口県南東部に位置する人口36,000人余りのこぢんまりとしたまちです。

瀬戸内海に面した港町でもあり室町時代には明との勘合貿易の拠点として、また江戸時代には「岩国藩の御納戸(おなんど)」と言われ、明治時代以降まで商都として繁栄しました。市の中央を流れる柳井川を挟み、北側が旧市街地、1660年代に大規模な干拓工事が行われた南側が新市街地となっています。

     やない白壁の町並み

旧市街地にある古市・金屋地区は、その特徴から「白壁の町並み」と呼ばれています。商都の気風により引き継がれた「もてなし」の心に磨きを掛けようとしています。当地区に至る駅前からの街路は美しく整備され、沿道住民の努力による賑わいの創出が図られています。大小の島々が点在する美しい海の景色を丘から眺めると心が安らぎます。少年たちにより偶然発見された茶臼山古墳、ここからの市街地眺望景観にも素晴らしいものがあります。古墳からのものとしては日本最大の青銅製「単頭双胴怪獣鏡」を発掘しています。

最近では市内を花で一杯にしようとする運動も活発化してきました。「育苗ボランティア」の方々が花の苗を大事に育てています。伝統産業は「柳井縞(しま)」と言われる木綿織物、伝統工芸は「金魚ちょうちん」が代表的です。愛嬌のある赤い金魚があちらこちらで泳いでおり、まちのアクセントとなっています。

柳井市都市計画課景観担当の宮本さん・岸田さん、「柳井市白壁の町並みを守る会」の國森さん、「柳井駅通共栄会」の林さん、「財団法人やない花のまちづくり振興財団」の西本さん、「柳井川がんぎ(旧船着場)を知っちょって会」の片寄(かたよせ)さん、「豊笑家倶楽部」の弘田さん・宮本さん・桧垣さんと多数の方々にお話を伺いました。



路上ギャラリー
金魚ちょうちん
ソナタ

 



麗都路通り(駅前より)
  • 柳井市の景観を大きく変えた一つが、柳井駅からの「柳井駅門の前線」と呼ばれるシンボルロード。電線類を地中化、全体をバリアフリー化し、歩道にはレンガを敷き詰めた。街路樹としてハナミズキが植えられた。
  • 「柳井駅通共栄会」の林さんは、街路整備にあたり店舗のオーナーや銀行の支店長を説得したが、最初は難航した。「おれは聞いていない」と言わせないため、隣の店舗とペアーを組ませ、協議内容は必ず伝えてもらった。「ペアー作戦」。
  • メンバーで横浜の大倉山商店街などを視察した。この視察のお陰で街路整備のコンセプトは皆に理解され、2年くらいで説得できた。行政も協力的であり、市民と一体となってやりたいとのムードが盛り上がった。
  • 駅前通りを挟んで西側の店舗をセットバックし、12mの道路を20mに拡幅した。結果、道路がカーブしているため見えなかった旧周防銀行(明治後期の建物)が、柳井駅の正面に見えるようになった。
  • これがモチーフとなり、駅から柳井川に架かる本橋までの街路イメージを、明治後期から昭和初期の雰囲気とすることにした。「麗都路(レトロ)通り」と名付けた。当雰囲気にて店舗も建て替えた。
  • 歩道は当初計画の片側3mから5.5mに広げたが、今では毎週日曜日に朝市が開かれ、地元の農産物や海産物が売られている。折角広げた歩道をイベントなどに利用し、賑わいを創出したいと林さんは考えている。
  • ハードが完成して約2年、街路上の花木の世話、ゴミ処理は自分たちでやっている。みんなで造った街路との共通認識があり、愛着が増している。行政側も時々顔を出し、気に掛けてくれる。道路からのまちづくりである。



麗都路通り(歩道)


國森家住宅(国重要文化財)
  • 江戸中期から明治初期の家々が建ち並ぶのは、「白壁のまち」と呼ばれる古市・金屋地区である。景観を考慮した歴史的まち並み保存の動きは、1979年の「柳井市白壁の町並みを守る会」発足により加速された。
  • 江戸時代4度の大火に見舞われた。防火には神経を使ってきており、漆喰の壁の厚さは25cmにもなった。他に例を見ない。約200mのまち並みを構成する建物の壁は、目に染みるような白色に塗装され大変美しい。
  • 國森さんはご尊父が亡くなられた翌年の1997年久しぶりにまちに帰ってきたが、住民に暖かく迎えられた。ご尊父の時代、対象となる建物の持ち主40人で始めた守る会は、各戸の修復、街灯の一新、電線類の地中化、御影石を使用した道路の石畳化など、ハード面の整備は1995年に完成していた。完成を機に目標を失ってしまったのか、その後守る会の活動は下火となっていた。
  • 今後はソフト面を重視し、交流人口を増やすとともに、住民の住み易い地域づくりを目指すとの目標を掲げ、國森さんは守る会の再活性化を決意する。
  • 壊される予定であった旧醤油蔵を残そうと、瓦一枚1,000円の寄付金を募った。画家の協力を仰ぎ絵画も販売、計二百数十万円を集め市に持ち込んだ。現在「やない西蔵」となり、金魚ちょうちんや柳井縞の製作を体験できる。瓦の裏には協力者のサインが…。
  • 年4回の「町並みかわら版」の発行の他、「白壁クモの巣取り」、「八朔の船流し」などの伝統行事を実施している。「毎年同じことをやっている」とのことだが、継続はエネルギーを要する。いつか大きな成果を生む。
  • 「先人が残してくれた遺産を守り、都会生活に疲れた人々に癒しを与え、住民が楽しく過ごせるまちづくり」これが当面の目標。当地区のよさは「ほとんど空き家がなく住民が生活している"ほんまもの"であること」と國森さん…。会員は現在59名。

掛屋小路 (かけやこうじ)
  • 柳井駅に降りるとプランターに植えられた「ソナタ」が出迎えてくれた。草丈が低いため風に強く、白い大輪の花をつけるコスモスである。
  • 柳井市を花のまちにしようと「美しい花を生産するまち」「美しい花が咲きこぼれるまち」「美しく花をあしらうまち」の3つの柱が掲げられた。温暖な気候に加え、特に冬場の日照時間が長い当地は花の栽培に適しているとのこと。
  • 「育苗ボランティア」と呼ばれる人々が組織されており、今春はサルビア(市の花)とマリーゴールドを育てた。秋からは60人(3割は男性)がパンジー、ビオラを育てている。一人200鉢、もう10年近く続けている。
    八朔の船流し
  • 苗の半分は回収され、学校や公民館などに配布される。残り半分は育苗者が持ち帰り、各自の庭に植えたり近所に配ったりする。
  • 公共の場所には市民花壇も設置され、花の苗を植え替えている。道行く人々に花の景観を楽しんでもらうのがうれしい。黒杭(くろくい)地区が特に熱心。
  • 「花のまちづくり振興財団」の西本さんは、花に関わって3年、今ではやりがいも感じている。柳井市の花づくりの技術レベルは高く、何とか花卉(かき)産業として成立して欲しいと考えている。花のプランターを協賛店に貸し出す試みを今年から始めた。76店舗が応じた。まちなかの花がどんどん増えて楽しい。

   茶臼山古墳からの
   市街地眺望
  • 「豊笑家倶楽部」と「がんぎの会」の合同定期会合に参加させてもらった。豊笑家の由来は糸あやつり人形の豊笑座。市民のネットワークづくりが目的。手作りの「柳井お宝マップ」は、市内全域のお宝の在り処(ありか)を網羅していて凄い。
  • 後者は柳井川をテーマに景観を守ろうなどという会。リーダーの片寄さんは、白壁のまちに魅せられ7年前家族3人で移り住んだ。
  • 向こう三軒両隣の精神が生きているまち、何でも行政任せではないまち、との印象を強く持った。柳井は「飽きないまち」と夫婦そろって楽しそう。片寄さんは今や國森さんの後継候補No.1でもある。(太田正美)

   海の見える風景


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