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■ 第24回 美濃市の景観まちづくり
2007.6.1
(偶数月1日に掲載します) |
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最近うだつを上げつつあるまち、日本で最も多くの「うだつ」が残る岐阜県美濃市を紹介します。うだつとは火災の類焼を防ぐため、屋根の両端を高くして造られた防火壁のことです。裕福でなければ造れなかったため、庶民の羨望の的でもありました。
関ヶ原合戦の功によりこの地を拝領した金森長近は小倉山城を築城しますが、その後17世紀初頭に城下町としての町割りが完成しています。長良川には上有知湊(こうずちみなと)を開き、舟運による物資集散の拠点化を目指しましたが、美濃和紙を中心とした活発な商いにより、商業都市として繁栄していきました。川沿いには当時の名残をとどめる木造の川湊灯台が今も残っています。
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山止めの景観
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町割りの形から「目の字」と呼ばれる地区には、江戸から明治にかけて建てられた商家が軒を連ねています。美濃市が誇る文化的・歴史的景観の中枢です。当該地区と密接不可分な関係にある美濃和紙は、長良川の支流である板取川流域の自然に囲まれた牧谷地区において育まれてきました。
長良川の中流域にある美濃市は、美しい渓谷と水辺に代表される自然景観も大切にしています。江戸時代には京都より紅葉(カエデは市の木)を持ち込んで植林し、すでに景観整備を図っていました。長良川に架かる赤い欄干が特徴的な美濃橋は、現存する日本最古の近代つり橋です。一度に渡れるのは20人までとの注意書きがありました。
最近ではスローライフシティをスローガンに「小さくてもキラリと光るオンリーワンのまちづくり」を推し進めようとしています。「美濃の町並みを愛する会」の武井さんと美濃市都市整備課の高橋さんにお話を伺い、広報課の西村さんにはまちを案内していただきました。石川市長の名刺は美濃和紙で作られていました。
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- 江戸時代多くの物資が集積する商業のまちとして栄えたこともあり、商人たちは張り合ってうだつを上げた。デザインが一軒一軒異なるのは、当時の財力の違いなどによるもの。負けじとばかりうだつの装飾性を競った。
- 現在25軒にてうだつを見ることができる。まちを散策していると自然にさまざまな形のものが目に入ってくるが、往時が偲ばれ楽しい。
- うだつの上がるまち並みでは、電線類の地中化、道路修景、案内版づくりなどはすでに完了している。現在は歴史的建造物の改修が実施されている。これまでに約70件修復したが、まだ30棟が修理を待っている。
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 うだつ
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- 目の字地区では電線類が予め地中化された後、一日の中に次々と電柱が除去されたが、その光景は今でも忘れないと高橋さんは言う。火事対策のため道路が通常より広く造られており、「急に空が開けた」印象が強烈だったようだ。
- 街灯も撤去されたが、代わりに各住戸には照明塔が取り付けられた。「聖窓(ひじりまど)」である。箱形の格子付きの出窓で、江戸時代には町家の入り口脇に設置され、油火を入れて門灯と街灯を兼ねていた。
- かつて和紙問屋を営んでいた旧今井家住宅では、帳場や奥座敷にかつての暮らしが偲ばれる。国の重要文化財・小坂家は、現在も営業を続ける造り酒屋である。雨をゆっくり受けるため弧を描いた屋根、「起(むく)り屋根」が特徴的。
- 歴史地区メインストリートから東方を望むと、延長線上に山々が視界に入る。「山止めの景観」と言う。人工物と自然のコントラストが美濃市の誇りである。
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競ううだつ
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- うだつの上がるまち並みの価値を市民が認識し始めたのは、20年ほど前のことである。保存に対する機運が生じ、「美濃の町並みを愛する会」が発足した。
- 副会長の武井さんによれば、最初多くの住民はまちのよさに気が付かなかったとのこと。市側から保存の意義を説明されたり、近隣の歴史的地域を見学したりすることにより、自分たちのまちのよさに改めて気付いた。
- 電線類地中化のインパクトは住民にとっても極めて大きく、玄関先に置かれていたゴミ箱が自発的に片付けられ、代わりに花が飾られるようになっていった。「行政がこれだけやるのだから、我々もやらなければ」との意識が高まった。
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茶房
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- 武井さんの心配の一つは空き店舗であるが、それでもこれまでに景観に配慮した12店舗が新規開店している。とにかく人が住み続けることが大事、保存しながらいかに生活の活性化を図るか…。
- 古いまち並みを残すだけでなく、上手くこれを生かすことが大切とも考えている。訪問者も増えてきた。行政にお願いすることは終了、これからは各個人がどうするかということ。
- 「町並み案内ボランティア」会長も務めている。当初は案内していると後ろから来た車にクラクションを鳴らされたが、今では車がゆっくり走ってくれる。
- 一つ若い世代にそろそろバトンタッチしたい一方、もう少し頑張りたい様子でもある。隣近所に配慮し、お互いに助け合う雰囲気のあることがこのまちのよさ。祭りの際には全員協力体制、武井さんは50年間毎年参加している。
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花あしらいと馬つなぎ石
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- 美濃和紙はまち並み景観づくりの一翼を担っているが、1300年の歴史を有する伝統文化は、この地の自然環境の中で育まれてきた。何よりも清流が目の前にあることに加え、かつては原料の楮(こうぞ)も多く取れた。
- 手で漉かれる美濃和紙のよさは全く変わっていない。和紙づくり最中の長谷川さん宅を伺った。美濃市に移住して15年、若手のエキスパートである。
- 最近では和紙のよさが見直されてきており、海外からも含め需要が復活しつつあるとのこと。「天気のよい、風のある日が美濃和紙を干すのに好都合」と長谷川さん。天日干しされた美濃和紙の風景はとても美しい。
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美濃和紙の天日干し
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- 美濃和紙あかりアート展が1994年に始められており、毎年10月の2日間、目の字地区一帯にて、独創的なあかり作品が展示される。初年度3,000人であった訪問者が10万人に増えた。昨年は452点の出展があった。
- 和紙を透したあかりは癒しの効果もあり、まち並み景観をより柔和に演出しているようだ。「美濃和紙」と「うだつの上がるまち並み」のコラボレーションである。数百人のボランティアがあかりアート展の運営を支えた。西村さんもメンバーの一人、ただし一市民として…。
- 「川の駅」構想がある。市全体を川の駅としてとらえ、河川流域の恵まれた自然環境を守り、次世代に引き継いでいこうとする計画である。中心市街地の目処がついた今後は、市全域の公園化がテーマとなる。
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曽代用水
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- 長良川に並行し曽代用水が引かれているが、美しく整備されるとともに休憩場所も用意されており、眺めているだけで心が癒される。
- 市長が中心となり、時代に合った快適なまち、スローライフシティづくりを始めている。具体策の一つが自転車利用の促進。自然環境に配慮し自転車が安心して走行できる道路を整備すると同時に、市民の健康増進も目指している。
- まちづくりの原動力は市民。豊かな自然、美濃和紙、うだつのまち並みといった資源を活用した、世界に通用する「一流のまちづくり」が究極の目標のようだ。うだつに加え、市民力も上がってきた。(太田正美)
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板取川と京都紅葉
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