第18回 蘊蓄(うんちく)の旅
2006.12.20
① うんちくを傾けるのが好き
「違いを鮮明にしたい欲求+旺盛な知的好奇心=うんちく好きの団塊世代」と言えるかもしれない。誰も知らないと思われる情報に希少価値を見出し、優越感に浸りたいと考えるのは、人数が多い同世代の中での自分のアイデンティティを必要としたからか…。これからの自分自身のライフスタイルを確立するため、生活上のちょっとしたネタ、他人とは異なる情報を熱心に追求する。マスメディア情報では他人にも広く知られてしまうため、特定分野に強い雑誌や書籍を通じて、またインターネットによる独自の検索方法を駆使して情報を収集する。
「うんちく」とは、「深く研究して身につけた知識(三省堂大辞林)」であるが、ウィキペディアによると「ほどほどに披露する分には、場を盛り上げたり、和ませたりするが、相手に余り興味がないのに延々と話を続けたために迷惑がられることがある」となり、この方が団塊世代について使用する場合ニュアンスがより近い。
かつては主として食や酒についてうんちくを傾けていたが、今後は様々なジャンルに及ぶのではないかと思われる。町並み、街道、神社仏閣、城址などの歴史的なものに興味が持たれるケースも多いのではないか。
「古代エジプトのうんちく」などという書籍も出版されており、スフィンクスの謎が語られているようだ。
能や歌舞伎といった文化・芸能、さらには芸術も対象となる。最近、博物館や美術館への50代以上の入館者が増加しているとのことである。紀伊山地と熊野古道に代表されるような霊場と参詣道もうんちくを傾ける材料であり、般若心経を学び輪廻、無常、空…を語ることもしかりである。
団塊世代を中心に読まれている雑誌「サライ」が奈良を特集した(2006.10.19号)。「丸一日かけて歩く東大寺」なる記事には、うんちく冥利に尽きる情報が記載されている。東大寺は学問の場所であり寺に付き物の墓はない、大仏は正式には"無限の光が遍く照らす"という意味の盧舎那仏(るしゃなぶつ)であり現存の金銅仏で世界最大、二月堂のお水取りは752年より一度も途切れることなく行われ来年で1,256回目、修二会(しゅにえ)と言われる宗教行事の一部等々…。
② 自然科学のうんちく
温暖化による環境変化で、本来気候温暖な地方でのみ見られた長崎アゲハが、数年前から神奈川県でも見られるようになったとのニュースを知り、小学校時代の昆虫採集を思い起こした団塊男性も多いのではないか。彼らに昆虫に関するうんちくを語らせると五月蝿い(うるさい)かもしれない。
先ずは昆虫記のファーブル。南仏を転々としたファーブルであるが、特にゆかりの地アビニョンとセリニアンは訪問してみたい。アビニョンではアンリ・ファーブル通り(Rue
Henri Fabre)を歩く。最終的にセリニアンに落ち着いたファーブルは、92才で亡くなるまでの36年間昆虫の研究に没頭した。自宅には1haの広大な裏庭があり昆虫の観察に事欠くことはなかったようだ。お気に入りはフンコロガシとハチ。
ロンドンの大英博物館には19世紀までの昆虫標本が、自然史博物館にはジョージ・ルイスが採集した同世紀日本の昆虫標本がある。養老孟司さんの「私の脳はなぜ虫が好きか?(日経BP社)」によれば、当時虫取りなどの研究は贅沢であり、ロイヤル・サイエンスと揶揄されたとのことだ。
うんちくを語るための材料を求め、行ってみたくなる所が何カ所か記述
されている。例えば本当に黄金色のコガネムシが一種ずつ生息するオーストラリア、アフリカと中南米、固有種であるアマミルリモントンボなど昆虫の宝庫とも言える奄美大島、琉球地方と同種の昆虫が見られるベトナム、昆虫の多様性が高いアマゾンの熱帯雨林などである。ちなみに日本で最もチョウの種類が多いのは長野県とのこと。
③ 歴史・文化のうんちく
2005年より九州観光推進機構が「九州うんちくの旅」を実施しているが、やはり主たるターゲットは団塊世代である。いくつか設定されたルートの中、昨年と今年を合わせ最多の53ルートに登場したのが、歴史や文化にゆかりのある熊本県下の各地域である。小ネタで旅行商品のラインアップを増やし、うんちく好きのニーズに応える作戦と熊本日々新聞は報じている(2006.9.26)。
国際的な歴史上の人物に関するうんちくも面白い。例えば、シーボルトや小泉八雲はどうか。彼らに縁のある地に行ってみたいと考える団塊世代もいるかもしれない。
鎖国時代にオランダ人医師として来日したシーボルト、実はヴュルツブルグ生まれのドイツ人であり、植物学、地理学、天文学などにも造詣が深かった。禁止されていた日本地図を持ち出そうとして国外追放になったが、後に赦され再来日する。根っからの日本びいきであり、結婚したおたきの名は、当時のヨーロッパにはなかったアジサイの正式名に「オタクサ」として残っている。娘のいねはわが国初の女医である。シーボルトの著書「ニッポン」はペリーも読んでおり、日本の情報を得た上で浦賀に来航した。
本名ラフカディオ・ハーンの小泉八雲はアイルランド人。母はギリシャ人であり、生地はギリシャの美しい海イオニア海に浮かぶレフカダ島で
ある。ここで2年間を過ごした。後年移り住んだアメリカより来日し、中学校の英語教師として松江に赴任した。借りた屋敷、特に庭は大変気に入ったものの、松江の冬が余りにも寒く1年2ヶ月住むに止まった。以後、熊本、神戸、東京に居を移した。東京帝国大学の英文学講師を務めた後退職したが、後任は夏目漱石である。54才の若さで亡くなった。墓は雑司ヶ谷墓地にある。
歴史・文化にかかわるうんちく、少し時代を遡れば「古代遺跡をめぐる18の旅」に紹介されている古代遺跡なども訪れてみたい場所となる。
邪馬台国論争に火を付け有名となった佐賀県の吉野ケ里(よしのがり)遺跡では、かつて広大な集落が長期間存在し、交易も盛んであったようだ。さほど有名ではないが、卑弥呼の墓では?との議論を巻き起こした奈良県・纏向(まきむく)遺跡の箸墓(はしはか)古墳、多くの青銅器が発掘され神話が現実となった島根県の荒神谷(こうじんだに)遺跡、日本有数の縄文遺跡であり狩猟のみならず農耕(クリ栽培)が行われた形跡のある青森市の三内丸山(さんないまるやま)遺跡などは、古代遺跡に興味ある団塊世代には奥が深いかもしれない。各地訪問後、大いにうんちくを傾けること間違いない。(太田正美)
<参考資料>
「私の脳はなぜ虫が好きか?」(日経BP社 養老孟司著)
「古代遺跡をめぐる18の旅」(講談社+α新書 関裕二著)
「サライ2006.10.19号」(小学館)
「見えない若者市場より見えている団塊市場を狙え!」(はまの出版 井徳正吾著)
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