2007年1月から地域再生マネージャーとして沖縄県南城市役所のまちづくり推進課に席を置き、地域活性化の仕事をして来た佐藤和幸さんが、2009年3月に任期を終えるに当たってエッセーを寄せてくれました。沖縄の聖地と言われる南城市の伝統や文化、また人々の暮らしがよくわかるフォトエッセーです。多くの方にお読みいただきたいと思います。


「受け継がれているもの」

-沖縄県南城市で過ごした日々-

佐藤和幸(地域再生マネージャー)

1.毛遊び(もーあしびー)

手登根(てどこん)区の長老たちを訪ねました。ユックイヌヒラと呼ばれる場所と、そこに至る道筋を教えてもらうためです。

女性には男性を守る霊力があるとされている沖縄です。琉球王朝時代、最高神職「聞得大君(きこえおおきみ)」に就任する王族女性は、首里城を出て、就任儀式の行われる斎場御嶽(せーふぁうたき。2000年に世界遺産登録)に向かう途中、ユックイヌヒラを通ったとされます。

首里城を出発した一行が、この辺りにさしかかる頃には日が暮れていることから、この一帯の坂道を「ユックイヌヒラ(=日暮の坂)」と呼ぶようになりました。ここまで来れば目的地も近い、深夜零時から始まる儀式ももうすぐだ、という思いから、行程の中でも、特に印象に残る場所だったようです。
(絵:新里堅進)

この地点を通る旧道は山間部にあって、本土復帰前後には使われなくなり、その後、生い茂る樹木に覆われたまま30年余が経過しました。斎場御嶽を拠点に活躍する文化財ガイドのみなさんの中から、聞得大君一行と同じ道を歩いてみたい、と声が上がりました。

2008年7月のある日、チェーンソーや草刈り鎌などを手にした10名ほどの仲間がルート探しに挑戦。その結果、旧道の石畳の一部であったと思われる石が残る尾根道を発見したものの、正確な道筋やユックイヌヒラの場所は特定できませんでした。

そこで、山麓にある手登根に住む長老たちに確かめてみようというのです。

答えは、あっさりと得られました。「自分たちが若い頃は、一日の仕事を終えるとユックイヌヒラに行って、毛遊び(もーあしびー)をしていたからね。」、「知念からも若者たちがやって来て、皆で遊んだものさ。」

毛遊びは、戦前まで(場所によっては1950年頃まで)沖縄で行われていた風習。15歳くらいから結婚前までの年齢の男女が夕方から深夜にかけて、毛(=野原)に集って、あるいは海辺で、三線(さんしん)に合わせて、歌い、踊って楽しみました。恋の思いを即興や掛け合いの歌に託して興じたといいます。今日、本土のみなさんにも親しまれている沖縄民謡の発展に影響を与えた風習と言われています。

93歳。目も耳も達者!三線の名手。
「毛遊びでは、もてたでしょう?」
「いや、損をしたさ。皆のために夢中で弾いていて、気がつくと、仲間はカップルを作って消えているんだ。」

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