景観対談・その2 (景観法とは)
青山俊樹水資源機構理事長(元国土交通省事務次官)
vs.
近藤 晃日航財団理事長
神々しい東北の自然美
K. 日航財団は、今年から、景観問題を新しいテーマとして取り組む、ということになった訳ですが、景観法生みの親と言われている青山さんから、景観法を中心にして景観につき色々伺いたい。今日はこういう趣旨です。まず景観法をつくろうということになったきっかけというか、青山さんにとっての原点ですね、この辺のお話を伺いたいと思うのですが。
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会津 |
A. 私の場合、景観を強く意識し出したのは東北の自然を見てからだと思いますね。東北地方建設局長になった直後の11月初めに、会津の方に行く仕事がありましたが、そこに行く途中で見た山々の素晴らしい紅葉ですね…。私の生まれ育ちは京都ですから、嵐山の紅葉も見ておりますし、あれはあれで非常に美しい紅葉だと思いますけれど、スケールが何百倍、何千倍なのです。山また山が全山紅葉しましてね、延々と続いているというとても懐深い紅葉です。あの風景がやはり最初の衝撃でしたね。
実際東北に住んでみて、紅葉だけではなく四季折々の変化を見ておりますと、冬の山もまたすばらしいのです。落葉樹も多いですから枯れ木のような形になるのですが、雪がそれに積もりまして、水墨画の世界になります。それがまた春になると若葉が出てきて、若葉というのは黄緑色だと思っていたのですが、黄緑色だけじゃないのです。クリーム色だとか、ほとんど真っ白に近い色の葉っぱも出てきて、みずみずしいという表現がぴったりくるような、さまざまな色の燃え立つような若葉になりましてね。その時、川は川で雪解けの水を流しまして、それが清冽な流れなのです。水量豊かで水質もきれいで、それがとうとうと雪解け水を流すのです。で、夏になるとまた緑、その緑も深みのある緑です。四季折々の山河の自然を見ておりますと、ある意味では神々しいまでの美しさを感じました。
東北の自然に触れてから、以前はあまり気にならなかった道路沿線の風景、それも同じような店がチェーン店で並んで、全国同じ風景が現実としてあることが気になり始めました。それから、電線・電柱、ブロック塀、ガードレールが非常に気になりましてね。自然の美しさに比べて人間の営みの結果、出来たこのまちの状況はどうなのかと…。
私は海外についてはほとんど知らないのですけれど、日本人は本来、美に対する感覚は非常に鋭いものを持っていると思います。しかしながら、人口が史上最大に増えている現状においてこんな状態のまちができてしまった。それに対して、我々の進めてきた公共事業も一役買っているのではないか。東北時代に戻りますと、すばらしい東北の自然に相応しいとまではなかなかいかないのでしょうが、そこに住む我々もできるだけ美しいまちづくり、美しい国土づくりに対する努力をしていかなければいけないのではないか、ということで新しい景観にマッチしたガードレールはないだろうかと委員会をつくって検討していただきました。
「用・強・美」を意識したローマ人
K. 東北建設局の中でですね。
A. そうです。大学の先生、学識経験者にデザインまでしていただいて、東北型のガードレールが、ガードパイプですけれど、目立たない色でできているのです。
「用・強・美」というローマ時代の言葉があります。 "用"というのは機能ですよね。"強"は強度、耐久性のこと。"美"、美しさ。ローマ人はこの三つを意識しながら、ものを造っていったのです。まさにそうではないか。我々は用と強については一生懸命考えてきたけれども、美については欠落してきたのではないか。その美の要素をもっともっと持たないとよい国土はできない、ということで色々な議論をさせていただいたのが、まさに原点ではないでしょうか。
K. 東北局長時代の体験が青山さんの原点なのですね。人間、大きな仕事を進めるのには、原点となる感動がなければいけないと思うのですが、青山さんのその原点が立法作業にどのようにつながってきたのですか。
A. 国土交通省としてのテーマで「美しい国土づくり」を取り上げた、ということから始まるのだと思うのです。
K. それは、次官の提案で。
A. そうです。事務次官になってちょうど半年位経った1月、最初の記者会見の時に、「今年の抱負は」という質問がありました。私は前から東北時代の思いも引きずって、美しい国土づくりをしたいと思っていましたから、率直にその話をしたのです。その記者会見の議事録を読んで、省内の何人かの人が「次官、是非これをやりましょう。私たちもやりたいのです」ということを局長クラスの人たちも、若手クラスも言ってくれたのです。「よっしゃ。それじゃ、やろう」と…。それで省内に「美(うま)し国づくり検討委員会」をつくったのです。確か11回議論しました。国土交通省というのは関係4省庁の集まった組織ですが、組織としてある共通目標を持つということが、一番大切なことだと思います。この共通目標として"美しさ"がテーマになって、それに対してみんなが熱気に満ちた議論をしてくれて、非常にうれしく思いました。
K. それは心強い話ですね。
A. 美しさというテーマに向けてみんなが、それも事務次官以下の幹部が、若い人も含めて議論することで省内が一つにまとまったという実感を持ちました。このプロセスの中から、「美しい国づくり政策大綱」ができたのです。これがまさに今回の「景観法」「緑関連三法」の母体となっているのです。景観法という3文字の法律はかなり基本的な法律なのです。これは珍しいのです。河川法だとか、道路法だとか、もう非常に古い時代にできた基本法は3文字のものが多いのですが…。
K. 最近は30文字、50文字の法律が多いですよね。
A. 3文字の法律ができたということは、それまでの行政の欠けていた部分を埋める性格付けを法制局からも与えられた、という意味でも画期的なことだと思います。
K. 欧州をみても、景観保持のためには大変な規制をしています。日本は今、規制緩和の大合唱ですから、「景観法は時代逆行だ」というような反対論が立法過程であったのではないか、と想像しています。本当は不必要な経済規制が多くて、本来あるべき規制がない、というのが日本の姿ではないかと思うのですが。
A. この法案については、各党とも全会一致でやろうということで非常に理解があり、国会審議は極めて順調に進みました。
K. 基本的な法律であることを認知されたということですか。この辺で一般の人にも分かりやすく、景観法とはどのようなものか、かいつまんでご説明いただけますか。
まちの美しさは住民の心の状態の反映
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小布施町 |
A. これは基本的には地方公共団体に委ねられた、もっと言えば地域住民に委ねられた景観形成を促進するという性質の法律です。地域住民と市町村とが一番接触の機会が多い訳ですから、そこで「こういうまちにしたいね」という計画をつくって、実行に移そうと、こういう趣旨です。各県なり、市町村が色々な条例もつくっておられますし、そういう取り組みをしてきたところもあるのです。景観法という本当のバックボーン的な法律ができることによって、ますます取り組みが促進されるし、また国全体としてもそういう美しいまちをつくっていこう、という方向性が示されたことの意義が大きいですね。
住民の方と一緒に自分たちのまちを美しくしていこうではないか、という仕掛けにしたのも正しい道だと思います。と言いますのも、美しさは、表面的な美しさだけではいけないと思っているからです。人間の顔と心の状態はよく連動しています。例えば、赤ん坊を抱いたお母さんの顔はどんな目鼻立ちの人であっても、何か神々しい美しさを持っています。と同じようにそのまちの美しさというのは、そのまちに住んでいる人の心の状態の反映ではないか。そのまちに住んでいる人、一人一人の心が美しくなれば、まちそのものも美しくなる。そういう因果関係なのです。
K. 法律の中身に戻りまして、従来、市町村が景観条例でできてきたことと、景観法が成立したこれからではどう違ってくるのか、その辺のポイントをお聞かせください。
A. 景観法というのは、市町村なり県なりが景観行政団体となって景観計画を策定すること等にみられるように、地方公共団体の取り組みに対し、国としての基本法的な裏打ちをするという意味でのまさにバックボーンを与えるものなのです。バックボーンがあるとないとでは実際の行政の現場では大分違ってきます。
K. そこが一番大きな違いだと思います。分かりやすく言えば、従来の条例では、その違反案件が裁判になった場合、判断の基となる基本法がないために、黒白なかなかつかなかった問題でも、今後は明確な答が出てくる、ということでしょうか。そういう意味からいっても、まさに基本法なのですね。6月に成立してそれほど経っていませんが、何か動きが出始めたようですか。まだそこまでいきませんか。
A. 具体的な話はまだ聞いておりません。バックボーンができたのですから、後は地方公共団体、市町村が住民の方とどういう地域づくりをしていくのか、ということを前向きに議論していただけるかどうかの勝負ですね。いままでも美しいまちづくりに取り組んでいらっしゃる市町村はたくさんあるのですね。山形県の金山町だとか、長野県の小布施町だとか、そういうところは観光客も多く来るようになりますし、付随的なメリットもある訳です。現実にそういった格好で良くなる姿が全国各地で見られるのにはもう少し時間がかかると思います。結果ではなくて、そうしていこうとするプロセスがとても大切なことではないかと思います。
K. 先程日本人は本来景観の美しさを求めていた、そういう国民であったはずだとおっしゃいましたが、本当にそうだと思うのです。
本来、日本人の美に対する感覚は鋭い
A. 「逝きし世の面影」という本があります。日本に幕末から明治初期に来た外国人は、日本に感動しているのですね。手記とか手紙とかを集めて渡辺京二先生が紹介しているのですが、とにかく親切だと、ものすごく親切だと…。「オハイオ、オハイオ」と言って異人を見つけたら家に呼んで、お茶とお菓子を出してくれる。ニコニコしている。貧乏だけれど貧困の悲惨さは日本人からは一切感じない。それでまちが美しいと、江戸のまちなんかも歩いていると庭園の中を行くようだと、それを過ぎたら非常に手入れされた田園地帯が広がる。遥か遠くに富士山が見える。これはまるでユートピアではないか。この国に我々西洋人が近代工業文明を導入することが、はたして望ましいのだろうか、幸せなことなのだろうかと、自問自答までしている訳です。それから、掃除をするという習慣があったのでしょうね。私たちも子供の頃は自分の家の前を掃除する時は、「少なくとも向こう三軒両隣に水は撒け」という教えを親から受けました。それはもう江戸時代から連綿と続いている習慣だと思います。何よりもそのベースになるのが、武士道みたいなもの、石田梅岩の石門心学に裏打ちされるように、町人でも心の持ちようといったことがあったでしょうし…。そんなものが全部結びついて美しい国土になっていたのだろうと思います。
K. それが変わってきたのは、特に戦後60年、価値観が180度変わって、日本人の心の部分の基軸が失われてきた。それでもって経済成長第一主義でどんどん突っ走ってきた、ということの結果なのでしょうか。
A. 人間というのは基本的にわがままなものだと思います。私自身のことを考えてもそうですが、都市に住むということは匿名性があるのです。地方に住めば「あの人のお父さんはどんな人で、その前のお爺さんはどんな人で」という情報を皆共有しているじゃないですか。その中でずっと生まれ育っていくということは、かなり窮屈という部分もあります。都市に来ればそういうことに一切かかわりなしに匿名性をもった暮らしができる。それはそれで憧れた部分、心地よい部分も多分にあると思います。その結果、本当に振り子が片方から、片方に大きく振れ過ぎたのではないか。もう少し中庸に戻らないと。最近市民コミュニティだとか、もしくはボランティアにしろ、NPOにしろ、そういう動きが出てきていますよね。私はそういう格好で、その中でお互いによい国土を目指す、そういう動きがあるということは、中庸を取るということになるのではないかと思っています。方向性としてはすばらしいのではないかと…。
50年かけて振り子を戻そう
K. 戦後、反動として中庸を通り越して反対側へ行ってしまった。今、元へ戻ろうと、そういう転換点に来ているということでしょうか。
A. そうだと思います。
K. 景観法はできるべき時にできたと感じています。私の身の周りを見ても、まだ小さいですけれど結構そういう動きが見られます。景観法に結びついて全国的な運動になるのには、まだ10年、20年、30年というレンジで時間がかかるのでしょうか。
A. 50年かけてやればいいのではないですか。戦後60年ずっと一つの方向で来たのですから、その振り子をある程度戻すのにはやはり50年かかると思います。そのくらいのつもりでやれば上手くいくのではないですか。
K. 景観法の一番の特色は、市町村という最小単位の行政組織と住民とが一緒になってやらなければ何も動かないという法律であって、各個が動き出すのが基本だというところにあると思います。そのために我々は何をしたらよいのかということなのですよね。
日航財団も、先程いわれた国家50年計画の一翼を担って、細々とでも貢献したいということで取り組みを始めた訳なのですけれど、何をやるか暗中模索しております。一応、第一段階としては日航財団のホームページで4月から、色々努力してやっておられるところの紹介をしております。第二段階としてはアイルランドの美しいまちコンテストみたいなものができないかなと、また第三段階では国内に止まらないでアジア全体へ問題提起をしていったらどうかと考えたりしています。
美しいまちコンテストは国土交通省の下部機関でも実施されていますが、どのように評価されていますか。
A. 誉めるということが大切だと思います。持続力が出てきますから。誉めるということを、マスコミとのタイアップとか、もっと世の中にアピールする形でやってくれればと思います。特にTVは影響力が大きいですよね。あとは地元紙ですね。
ところで、私の方から聞かせて欲しいのですが、世界各地廻られて、イギリスなり、ドイツなりのまちの美しさに感動された。その美しさと日本のまちの将来的な美しさというのはどんなイメージなのでしょうか。日本のまちもイギリスやドイツのような美しさを求める方がよいのか、それとも日本は日本独自の美しさを探る道があるのか、その辺のイメージです。私自身は、まちによってかなり違うのだろうと、京都とか金沢のようなまちはやはり昔の木造の家をベースとすべきではないか。東京をどうするかについてはなかなか解答が出ないですよね。高層ビル街もあれば、東の方は下町の風情を残して、それはそれでまたよいものがあります。その辺は、ヨーロッパ型か別の型か、1か0で割り切ることはできないでしょうけれど、どんなイメージですか。
色が大切
K. 日本型、ヨーロッパ型という区別がよく分かりませんけれど、基本はやはり自然があって、その上に人間が住んでいるということ、その自然との調和が出発点だと思います。そういう意味で日本とヨーロッパというのは、かなり違う訳ですから、当然違ってきてもよいと思います。例えば石づくりの伝統と木造建築の伝統から出発したそれぞれの人間のDNA、そう簡単には変わらない。景観にもグローバル化という動きはあるのでしょうが、基本的なところはやはり日本的なものがあるのではないかと思います。
この間、中国に行って、彼らも色々模索しているのでは、との認識を持ちました。中国人は元来原色が好きですね。赤は幸福、黄色はお金、緑は健康の象徴で、三つ揃えば人生満足だと、この三色が非常に好きなのです。ところがこの三色は、多分カラー・コーディネーションからみると、一番合わない組み合わせの可能性がある。少し前の中国は、高層ビルの上に丸や三角の屋根をつくって、三色を配置して、まちが中国的と言えば中国的なのですけれど、どうも違和感があったのです。今回北京に入りますと、先程言いました中国的な感じが減りまして、さっぱりした調和感のある色調に変わっているのですね。いわば、景観のグローバル化なのでしょう。一方、地方に行くと、伝統的な中国の田園風景、白い壁と黒い瓦という世界に、現代風の建物がどんどんあふれてきて、淋しく感じます。中国的なものをどう生かしていくか、その辺難しいと思います。
A. 中国のビルの屋根の話に関連しますが、日本は屋上をもっと緑化しないと、空から見た、もしくは高いビルから見た日本のまちはひどいですね。
K. まったく同感です。世界に先がけて、「屋上景観法」をつくってはどうでしょうか。
A. 新しく建つ予定の議員会館も屋上緑化できないか。国会議事堂の正面から見ますと、後ろに高いビルが建っているじゃないですか。あれを、今の都市計画法では規制できないけれど、せめて議員会館の屋上に木を生やして緑の屏風をつくって、という工夫をすれば少しは和らぐのではないかと思います。
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グラスメール(イギリス) |
K. 少し話が戻りますが、景観法というのは、市町村を中心に民の動きを支援する法律だ、ということですけれど、官がやっている公共施設・公共物、これの景観に占める比重はものすごく高いですね。私の持論なのですが、歩道橋にしたって、ガードレール、立体交差、高速道路にしたって、景観面からいうと、本来ない方がよい。でも必要に迫られて、しょうがなくつくっている訳ですから、できるだけ目立たない、目につかない、というのを基本にすべきだと思うのです。そのためには、自然の素材を基本にすること。イギリスを一周した時に「美しいなあ」と思ったあの調和感は、建物等がすべて自然素材だからだと思います。樹木と石と砂と土でつくっているものですから、どの色があっても自然にとけ込む訳です。ただそんなことは現代都市では実現不可能だから、人工的な素材を使うにしても、色調は自然素材を使ってできるものに可能な限り近いものにする、このような原則をつくって、やったら、これだけで日本も相当きれいになるのじゃないかと思うのですが。
A. 本四架橋の橋の色は高名な画家に決めてもらったのです。やはり自然と調和した、よい色具合になりました。それからガードレールに関しては、やり替える時期がくれば、これから変わっていくと思います。ブロック塀は是非生垣に変えてもらえないかと。仙台市なんかは、宮城沖地震の時ブロック塀の下敷きになって亡くなった方が何人もいらっしゃったことから、生垣に対して助成しているのですね。徐々に変わっていくのではないか。色が大事ですね。色だけでも大分変わります。
K. そう思います。私の感覚では、カラー・コーディネーションをきちっとやったら、現在のマイナス要素を剥ぎ取るという意味で、日本の景観問題の1/3あるいは半分くらいは解決するのかなと思います。
A. 地域の色みたいな、ものの決め方もあるかも知れませんね。チェーン店なんかでも東北地方ではこの色、関東地方ではこの色とかですね。その地域の色という議論があってもよいと思います。 (完)
(2004年11月)
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