デリンユク地下都市
デリンユク(深い井戸)の地下都市までギョレメから南に20km、時間にして約30分ほどである。ツアーバスはアナトリア高原のど真ん中を走っている。視界の上半分は燦々と輝く太陽と青い空、下半分は褐色のなだらかに起伏する台地。褐色の中にぽつぽつと集落があり集落をポプラが囲む。ポプラは眼に入る唯一の緑である。しかし不思議にも荒涼たる大地とは感じない。褐色の大地は乾期で草原が褐色に変わっているのであって、植物を拒否する荒地ではない。それが荒野といった印象を払拭しているのかもしれない。単純といえば単純だが開けた大地が至極眼に心地よい。海を見渡して感じるあの心地よさなのだ。デリンユクはギョレメ近辺と異なり平坦な土地だ。とはいっても標高1200mはあるだろう。街の端にモスクがある。モスクの隣が空地になっていて地下鉄の入口のような建物がある。それが地下都市の見学入口で、見学者が列を成している。狭い地下の混雑を避けるため入場を制限していて、列が出来る。暗黒の地下で迷子にでもなったらたまらない。我々グループはガイドから眼を離さないように階段を下りた。
この辺り、地下都市は200を越えるという。最初の地下都市は紀元前7-8世紀にフィリジア人が作ったといわれている。そしてローマ帝国のキリスト教徒迫害を逃れるため、またアラブの侵入から避難するため地下都市を作った。避難所、隠れ場所そして砦だったのである。異教徒の迫害を逃れるため、村ごとあるいは町ごと地下に潜るとは凄まじいが、柔らかな凝灰岩地質があって可能であったのだろう。そして、想像を超えた信仰の力があった。モスレムやキリスト教徒にとって、宗教は体の一部のような存在で、信仰する宗教を捨てることは自己の存在を否定するに等しいに違いない。我々の宗教観(少なくとも私の)とは異質、かつ強靭で人生を支配する大きな柱なのである。「苦しい時の神頼み」といった軽いものではなく、極端言うと、朝から晩まで、生まれてから死ぬまで神頼みなのである。今でもモスレムにはそういった感が強い。かつて日本にもキリシタン迫害があった。彼らはデリンユクと同質の信仰を持った人々だったに違いない。我々が無神論者だといっているのではない。宇宙を支配、コントロールする眼に見えない力、我々では如何ともすることの出来ない大局を制御している存在、例えば、生と死、四季の移りの背後にあるものが神ではなかろうかと感じている人は多いのではないか。しかしその程度では地下に潜らない。
デリンユク地下都市
このデリンユク地下都市は多くの地下都市の中でも最大で、深さ50m、12層におよび、一寸信じがたいが3,000~50,000人を収容できたという。最も一年中この地下で生活するわけではなく、敵の襲撃をかわす間仕方なく地下に潜った。長くても3ヶ月程度であったらしい(50,000人も収容すると3ヶ月は全く無理だろう。50,000人収容も一寸信じがたい)。
井戸
地上から垂直に30m掘った井戸がメインの通風孔となり、これが生命線で、その周囲に居住空間は当然ながら、食糧庫、馬小屋、ワイナリー、教会、学校、兵器庫、墓等が迷路のような通路で繋がれている。ご心配の向きにはトイレも設置されていたことを申し添えておこう。そして、9km先の地下都市への逃げ道まで備えられていたという。しかし、1923年のギリシャ・トルコの住民交換でキリスト教徒のギリシャ人が去って、この地下都市は放置されてしまった。見学者にはデリンユクの4分の1くらいが解放されていて、真っ暗な急な勾配の狭い通路を時には顔が前の人のお尻に付くほどに屈み込み、右往左往しながら、蟻の巣のような穴倉をここが台所、あちらが教会と、兎に角ガイドを見失しなわないよう徘徊して外に出た。横道にそれるが、日本の所謂地下街の面積は世界一だと聞いている。例えば、地下鉄大手町駅の接続各線への通路はデリンユクの逃げ路ほどではないにしろ相当の長さである。敵からの襲撃があった場合、避難場所になるのかもしれないなどと、ありえないこと(?)を思った。
外はいい。チャイが美味い。チャイを飲みながら、ツアーのトルコ人女性と話した。話したというより言葉を交わした。彼女達は学校の先生で夏休み誘い合ってカッパドキアに来た。欧米の女性と違って、トルコの女性は男性に積極的に話しかけることは少ない。しかし東のはずれから来た日本人は初めてではないにしろ珍しい。興味津々ではあるが、はにかみと言葉が障害となってボソボソと何処から来たのか、トルコは初めてか、日本は暑いか位の会話がやっと成立した。モスレムは、伝統的に女性は家の中、外出する時はガウンで頭髪、顔、肌を覆う完全武装だが、世俗主義の国トルコでは完全武装は強要されない。むしろ禁止されてきた。スカーフをつけることが合憲か否かが争われるほどで、イスタンブールの女性達の服装は西欧化されている。しかしこの女性たちには(三人ともスカーフは着けずジーパン姿であった)、明らかにイスラムの女性観が心の隅にあってそれを意識している。それが「三歩下がって影を踏まず」といった一昔前の日本の女性と相通ずるものがあって、男性には好ましい。オバチャン・パワー全盛の日本から影を潜めた女性像がトルコにはある。(続)
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