ウフララ渓谷

ウフララ

 さらに南下して20km、ウフララ渓谷に至る。火山活動によって深く切り刻まれた峡谷にメレンディツ川の渓流が流れる。グランドキャニオンの壮大さはないが、ミニミニグランドキャニオンのような様相を呈している。アナトリアの夏は乾燥した褐色の世界で樹木が少ない。小川は殆ど涸れてしまっている。そんな高原からウフララに入ると、渓谷には溢れるばかりにとは言えないが緑と水がある。日差しを和らげる木陰、渓流の水音そして谷をわたる涼風に、砂漠からオアシスに着いたような安らぎを感じる。また、峡谷は隔絶されているから、人目に触れずひっそりと信仰を守るキリスト教徒の格好な居所となった。

渓谷

渓谷の断崖に穿たれた多数の住居と100以上に及ぶといわれる教会の遺跡が残っている。全長16kmある峡谷を、この先の村で昼食ですとガイドから鼻先に人参をぶら下げられて、渓流に沿って4kmほど歩いた。

 歩き始めて直ぐに教会の遺跡がある。教会はアアチアルトゥ・キセリ(木の下の教会)と呼ばれているが、すっかり朽ちてしまっていて、かつては色鮮やかであったろうフレスコ画もひどく損傷していた。フレスコ画は文字など読めない農民に聖書の教えを伝えた。子供の絵本のような役割を担っていたのである。ここのフレスコ画はドーム状の天井にキリストの生涯が描かれている。深い谷の崖の教会に集って祈る人々が、肩を寄せ合い迫害を避けながら信仰を守り細々と生き続け、フレスコ画を見ながら奇跡が起こることを渇望する。そんな僻地の庶民の教会だったのだと思う。

足を流れに浸して

 しばらく行くと、中年のご婦人が二人、渓流の中ほどの岩に腰掛けて靴を脱いで足を流れに浸して、子供のように水を叩いたりかき回したりしながら涼んでいた。手前の婦人は半袖でスカーフなし、奥の女性は長袖でスカーフありであった。裸足のトルコ婦人は珍しい。写真を一枚と許可を求めると、手前婦人はにっこりと笑ってポーズを取る。奥婦人はプイと顔と身体を背けてしまった。スカーフありとなし、半袖と長袖。この二人のご婦人が世俗主義とイスラム主義の均衡の取りように揺れるトルコを象徴するように思えた。それはさておき、この峡谷には時折観光客の上げる嬌声は聞こえるが、渓流の水音以外の音がしない。鳥の囀りや蝉の鳴き声位は聞こえてきてもよさそうなのだが。真昼の暑さで全てが停止してしまったのだろうか。「閑さや岩にしみ入る蝉の声」とは異なった乾いた静寂がアナトリアの夏なのだろう。足場の悪い小徑を始めは自然を楽しみながら、終わりに近づくにつれ昼食を目指して、シャツに塩分の白い染みをつけながら歩き続けた。

峡谷散策の最終地点に近づくと、レストランが渓谷沿いに現れてきた。テーブルと椅子を渓流の中に置いて、足をひたして涼みながら食事を楽しませるもある。渓流の中のあずまやで食事も出来る。上手い客寄せだ、アナトリアの夏は兎に角暑いから。ともかく、渓流沿いの木陰でワインを一杯そして遅い昼食を腹に入れると、もう帰ってもいいという気になったが、そうもいかず、ツアー最後の見学地点に向かった。

セリメ①セリメ②

 渓谷の南端にセリメという村があって三方を岡に囲まれているが、その北面の断崖にかなり朽ちてしまった石窟僧院跡がある。その規模から判断するとかなり規模の大きなキリスト教僧院であったに違いない。前面の壁は落ちてしまって僧院内部が白日に晒されていて、それが更に荒廃を進めている。乱暴に言えば、ディズニーシーの火山に似た円錐状の険しい丘に外壁の落ちてしまった横広の洞窟が多数露出した状態を想像いただければ、それが石窟僧院である。

私にはこの僧院全体が何かしらディズニーシーのアトラクションのように感じられた。先ず、かなり急な滑々した坂(一部には鎖も張ってあった)を時には這うように登って僧院にアクセスする。僧院は荒れるがままに放置されていて、トルコ風お化け洞窟と言えないこともない。そして、チャペルなどの僧院施設スペース以外は平坦な地面は全くないし、凝灰岩は脆く滑りやすい。狭い急な道を上がり下がりし、真っ暗な僧院内部では懐中電灯をともしたり、先のほのかな明かりを頼りにしたりして巡回する。登った以上降らなければならない。尻を地面につけるようにして転げ落ちないように降りてホッとため息をつく。まさにアトラクションなのである。ここはまた近所の子供たちの格好の遊び場にもなっていて、カートンボックスの厚手の紙を尻に敷いて急な斜面を滑り降りて楽しんでいる。本来であれば、重要文化財に指定して修復保存すべきであろうが、財政的余裕もないのだろうし、トルコにはこのような史跡は掃いて捨てるほどある。手が回りかね、荒れるままに放置されているのが実態なのだ。砂埃で真っ白になった靴を引きずってツアーバスに乗り込みギョレメに帰還となった。(続)

石窟僧院跡①
石窟僧院跡②
石窟僧院跡③


〒140-0002 東京都品川区東品川2-4-11 JALビルディング 財団法人 日航財団
Copyright©2008 JAL FOUNDATION. Al Rights Reserved