アヴァノス

 アヴァノスはギョレメから北に6km程、トルコ最長のクズル川(赤い川)沿いの古い町でヒッタイトの時代から陶器の町として知られている。陶器の粘土はこの川の沈泥を利用していて、アヴァノスはこの川なしには考えられない。イスタンブールのブルーモスク建築の折にイズニック・タイルの作製にアヴァノスの陶匠が主要な役割を果たしたという。この町にガリップ・キュリュクチュ(Galip Körükçü)という陶芸家がいて、工房のみならず製作した陶器を売る店を持ち、陶器製作体験や教室等も開いている。F君によるとこの人は街の有名人であるらしい。先ず、容貌が「カッパドキアのアインシュタイン」と呼ばれるほどにアインシュタインに似ている。櫛を入れたことのないようなぼうぼうとした縮れ毛、大きな鼻、垂れ眼、口髭。体躯も背は高くなくぼってりしている。そっくりさん大会優勝は間違いない。次に女性の頭髪の収集家であること。何故女性の頭髪なのか定かでないが、既に16,000人から頭髪を集めて「ヘアー・ミュージアム」なるものを作って、洞窟に頭髪を陳列しているそうだが、ミュージアム拝観とまでは興味が高じない。ガリップ氏は内気であったそうだ。奥さんに結婚のプロポーズがどうしても出来ない。一念発起して「貴女の美しい髪の毛をヘアー・ミュージアムに陳列させてください」とお願いしたそうだ。奇妙なプロポーズだが微笑ましい。

絵付け

 「Chez Galip」なる彼の工房兼売店に着くと、学校の先生然とした立派な風采の人が出迎えてくれる。「ガリップ先生の下で陶芸を勉強しているものです。日本語が出来ますので工房をご案内させていただきます」と少々訛りはあるものの立派な日本語で挨拶した。そして脇にいた人がさっとチャイを差し出す。F君はお役目御免である。子供達がろくろを回し粘土を捏ねている陶芸教室を通り工房に入って、職人の絵付けを見学して、売り場に案内された。

売り場

広い売り場が陶器の値段によって区分されている。夫々の売り場のお勧め品の紹介が済むと、ガリップ氏が何処からか現れて挨拶をして、後はご自由に店内をということになったが、日本語販売員氏は適当な距離を置き付いて来る。質問の素振りを見せるとこちらの挙動を察し間髪をいれず寄ってくる。誠に見事なものだ。英米人には英語販売員、ドイツ人には独語販売員、フランス人には仏語販売員と気配りに遺漏がない。聞いてみると、外国語を学習すると店からインセンティブが出るそうで、語学学習が収入に直結しているのである。「時は金なり」ならぬ「語学は金なり」である。品揃えも豊富で、人間一人が入りそうな大甕からブローチに至るまで陳列販売している。皿の絵柄も、ヒッタイトのパターンからセルジューク様式そして職人のデザインによるものまで多様である。図柄の気に入った皿が見付かった。日本語販売員氏は「命の木」と呼ばれるガリップ氏の図柄であると説明する。
「いくらなの」と聞くと、
「定価は2,000リラですが、私は10%割引できます」と日本語氏。
「ちょっとたかいな。」
「これはガリップ先生の作品です。先生に聞いてみれば、もしかすると更に割り引いてくれるかもしれません。一寸お待ち下さい、先生に聞いてみますから。」
2~3分は待つのかなと思っていると、そうではない。ガリップ先生は直ぐお出ましになった。日本語氏は丁重に先生にお伺いを立てる。先生は老眼鏡をかけて書類をパラパラと捲って、紙の上にボールペンで値段を書く。日本語氏は仰々しくその紙を手にして、
「日本からわざわざ来ていただいて、先生の作品のよさを判っていただき、先生は嬉しいそうです。特別に更に5%割引してくれるそうです。」と言う。
何やら攻守が逆になったような気もするが、「それではこれにします。」と相成った。
「それでは一寸お待ちを。先生のオートグラフを皿の裏に貰ってきます。それに保証書も。」
お土産も出来たし悪くない買物だった。しかし待てよ、どうもことが上手く運びすぎる。ガリップ一家のマーケティングに上手く乗せられたのかな。多分そうだろう。しかし偽者をつかまされた訳でもなかろうし、顧客の心理を巧みに捕まえた組織的ガリップ・マーケティング力に軍配が上がっても致し方ないと納得した次第である。カッパドキアのアインシュタイン、婦人頭髪コレクターの本当の顔は、間違いなく抜け目ないビジネスマンであった。(続)



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