昨年(2008年)7月にトルコを旅した神藤文夫氏のトルコ旅行記の続編です。今回は、アジア側のトルコであるアナトリア半島を巡った記事「アナトリア寸描」です。前編の「イスタンブール寸描」に引続きお楽しみください。



トルコ旅行記:アナトリア寸描

神藤文夫

前書き

 アナトリアは一言ではくくり得ない。変化に富んだ気候と地形、四千年の多様な民族の歴史や文化の相克がある。イスタンブールおよびヨーロッパ・トルコに対してアジア側トルコを一般的にアナトリアと言うが、トルコを都会と田舎に分けたというほどに大雑把で、乱暴に言えば、日本を東京メトロポリスとそれ以外に分けるようなものである。もう少し細かく区分しないとアナトリアは見えてこない。アナトリア半島は、北は黒海、南は地中海に囲まれ、東西に峻険な山脈が走り、山脈の間は高原である。具体的な線引きは難しいが、おおよそ五つの地域に区分できる。イスタンブールに隣接して大イスタンブール圏をなす地域、黒海に接する半島北部地域、エーゲ・地中海に接する半島南部地域、シリア、イラク、イラン、アルメニア、グルジアと国境を接するアナトリア東部地域、そしてそれらの地域に囲まれたアナトリア中部地域がその五つである。トルコの経済・文化の中心イスタンブールは、東京同様拡大を続け人口の流入が止まらない。大都市一極化といった状況を呈している。イスタンブールの人口はトルコ総人口の七分の一を越え、周辺人口を加えると、少し言い過ぎになるかもしれないが、三分の一に迫ると推測できないでもない。東京、横浜、千葉、大宮などの周辺都市を含んだ地域を大東京圏とすれば、黒海からエーゲ海に抜けるマルマラ海周辺部を大イスタンブール圏と呼べるのではないだろうか。黒海に接した北部は、背後を峻険な山脈に阻まれ、古来外部との往来は主に黒海に頼ってきた。気候は雨量が多く豊かな森林があって、外部から隔絶された比較的地味な地域で、日本の山陰や北陸と似たイメージがある。現在でも交通の便は余り良くないし、過疎で貧しい。半島南部地域は、イタリア、ギリシャと陸続きと言っても過言ではない地域で、青い空と海そして灼熱の太陽に満ちている。史跡にも恵まれて観光客が溢れ、物価も高い。イスタンブールに次ぐ第二の都市イズミールはこの地域にある。東部アナトリアは、自然が過酷で、文化的に中近東に近い。クルド人を初めとする少数民族の住む地域で、遊牧民族的色彩が比較的に濃く残っている(しかし、近年都市への移住が進み、クルド人口が最も多いのはイスタンブールと言われている)。そして中部アナトリアである。北と南を山脈に遮られた高原で、乾燥したステップの起伏が延々と続いている。首都のアンカラはこの地域にある。古来多くの民族が四方から頻繁に往来し、夫々が残した多様な文化の残影が未だに鮮明に刻まれている。

トルコ共和国

 時間が許せば全ての地域を見て周りたいが、限られた2週間の旅、そうもいかない。イスタンブールは既に見て周ったが、東部アナトリアは次の機会に譲ることにして、地中海沿岸はアンタルヤで泳ぎ、中部アナトリアはカッパドキアの世界複合遺産を周回し、黒海地方は、アナトリア高原から黒海に至る山脈の中腹の街、サフランボルで海の見えない黒海沿岸地方を垣間見ることにした。首都アンカラは街をバスで通り抜けるだけの経由地である。(続)




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