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アヤソフィア
アヤソフィアと筆者
アヤソフィアはトプカプ宮殿とスルタンアフメット・ジャミーと共に、イスタンブールの象徴的なスカイラインを形成している。昔、交易船や軍船は、このスカイラインを遠望して長旅の終焉を実感し、かつ、その偉容に驚きを禁じえなかったに違いない。見ようによっては、つまり、アヤソフィアがスルタンアフメットとトプカプに挟まれて位置していることから、両者を従えるように立つと見えなくもない。アヤソフィアはイスタンブールの由緒ある建造物の中では最も古い。
アヤソフィア(側面から)
コンスタンティヌス帝がローマの帝都を、ギリシャ人が植民していたビザンティウムの丘に遷都して以来1700年、アヤソフィアは、紆余曲折はあるもののマルマラ海を眼下にビザンティンおよびオスマン両帝国の象徴として四囲を圧してきた。コンスタンティノープルと呼ばれたビザンティン時代、アヤソフィアはギリシャ正教の総本山であり、オスマン時代に入りイスタンブール(City of Islam)と名を改めると、ミナレット、メッカの方向を示すミフラーブ、ミンバル(イスラム説教台)などが加えられはしたが、ほぼそのままモスクとして利用された。そしてアタチュルクのトルコ共和国建国以降は博物館として一般に公開されている。 アヤソフィアはビザンティン建築の傑作と言われている。4世紀の遷都と共に建築された大聖堂は民衆の暴動で焼かれ、その後再建された聖堂もまた焼け落ちた。現在の大聖堂は6世紀にユスティニアヌス帝が建てたものである。過去の焼失に学び木造部分の多かった聖堂を、丸天井(ドーム)の石造りに変えたと伝えられている。2階のギャラリーに出ると、堂内が一望できる。その厳粛で壮大なことは驚くほどである。最高の建材と技術を駆使して聖堂を建立したビザンティン帝国の隆盛が目に迫る思いである。参考までながら、世界最古の木造建築、法隆寺は、日本の国の形が見え始めた頃、607年に建立されている。アヤソフィアと法隆寺はほぼ同時代の建築である。 ビザンティン帝国は既に述べたとおり1200年の長きに亘りその命脈を保つことが出来た。多民族、多言語を束ねる核は何であったのだろうか。軍事力や財力は言うまでもないが、宗教がその鍵の一つであったのではないかと思う。コンスタンティヌス帝はキリスト教を公認し爾来庇護してきた。そして、コンスタンティノープル総主教のもと、キリスト教は大きなエネルギーとなって帝国維持拡大の支えとなり、皇帝はこれに乗り、利用したとも考えられる。西ヨーロッパでは、ローマ法王が君臨したにもかかわらず、君主は別途世俗権を持って国を統治したが、ビザンティンでは、皇帝即ち総主教に等しかったのである。アヤソフィアはその象徴的役割を担っていたのではないだろうか。付け加えれば、オスマン時代も、同じ状況が続いた。皇帝はカリフ(イスラム教の教主)でありスルタン(イスラム国の王・皇帝)であった。宗教、世俗の両者の頂点に君臨していたのである。トルコで聞いた話である。アナトリアのビザンティン遺跡で、キリスト教に話が及んだ時、「カソリック教のイエスやマリアの像を見て御覧なさい。玉座に坐った君主や女王のようです。カソリックは上から信者を統治するのです。しかし東方正教は違います。イエスもマリアも貧しい庶民と共にあるのです。それが庶民に受け入れられて正教は信者を多く獲得したのです。」東方正教がウクライナ、ロシアへと拡大した理由をそう説明してくれた。その真偽の程は私には判断し得ないが、アナトリアの数々の僧院や教会の遺跡の存在を見ると、東方正教と一体となった帝国の繁栄が見えてくるような気がする。
寺院内部のモザイク画
アヤソフィアの白眉はモザイク画である。モザイク画は、下絵の上に漆喰で様々な色の石やガラスの細片を貼り、原画の色彩を石片で巧みに創り出し、壁面や床の装飾としている。こうして色は褪せることなく半永久的に保たれる。当時、他には退色を防ぐ技法はなかったのであろう。モザイクが、キリスト教とビザンティンの繁栄と永続を知らしめる格好の技法であったに違いない。モザイク画は近くで見ると、色や型の違う細片のごつごつとした凹凸が目立ち石畳のようで、絵画とは思えないが、距離を置くと、石片の色彩とそのグラディエーションは絵の具で描いたようで、石の絵画とは思えない。コンスタンティノープルのモザイク技術は他の追従を許さず、職人はシシリー島やベネチヤにまでも出向いて製作に当たったと伝えられている。しかしモザイク画の制作は財力を要したに違いなく、大寺院や宮殿、大邸宅などに限られていたに違いない。トルコにビザンティン遺跡は多いが、フレスコ画(漆喰が乾かぬうちに着色した壁画)の装飾が大勢を占めていたように思う。
アヤソフィアはオスマンによって回教寺院に改修されたことは既に述べた。イスラムは偶像崇拝を禁じている。アヤソフィアのモザイク装飾は偶像崇拝的であるとして、漆喰で塗りつぶされ、アラブの幾何学的装飾が取って代わった。その後、トルコ共和国となって、漆喰の下のモザイク画が発見され、アヤソフィアは在りし日の姿を再現したが、残念ながら、モザイク画の損傷は激しい。モザイクのキリストやマリアは威厳に満ちてはいる。しかし、人を寄せ付けないと言うか人を超越したというような峻厳さを感じない。何かしら優しげで、包み込まれるような温かみがあり親しい感じがする。日本の田舎ででも会うような路傍の石仏に相通ずるイメージがあった。アヤソフィアは今もってコンスタンティノープルに立つと言うと誇張になるが、そのような印象を禁じえない。(続)
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