|
ビザンティンの残影 (コーラ修道院、モザイク博物館、イェレバタン地下大貯水池)
コーラ修道院(カーリエ博物館)とモザイク博物館に、評価の高いモザイク画が残っている。コーラ修道院は、外敵の進入に備えたテオドシウスの城壁に近く、金角湾からもそう遠くないエディルネカプと呼ばれる庶民的な地域にある。コーラ(ギリシャ語)、カーリエ(トルコ語)共に「田舎」を意味するらしい。城壁内とは言え、当時辺鄙な郊外にあった修道院は、「田舎」修道院と呼ばれるようになったという。ビザンティン時代は修道院、オスマン時代にはモスク、そして現在は博物館とアヤソフィアと同じ命運を辿っている。修道院を飾っているモザイク画はビザンティン末期に描かれたもので、フレスコ画と共にビザンティン芸術としての評価が高く、「イエスを抱くマリア」、「マリア永眠」等の傑作がある。特に「本を抱えたイエス」は古代ギリシャやミケランジェロにあるような壮健な男性的魅力を漂わせていて印象的である。
槍を持った二人の狩人がライオンを狩る図
モザイク博物館はスルタンアフメット・ジャミーの南、アスタラ・バザールに隣接している。博物館は発掘されたビザンティンの宮殿の上に屋根を掛け、見事なモザイク装飾を復元し、一般に公開している。宮殿のモザイク装飾は草花、動物、日常の生活をモチーフにした動きのあるものが多く、見て楽しい。「槍を持った二人の狩人がライオンを狩る図」、「体は猛獣、口は猛禽の嘴をもった珍獣が鹿を襲う図」に躍動感があって見ごたえがる。
地下宮殿とも呼ばれるイェレバタン地下大貯水池(イェレバタンはトルコ語で地下を意味する)は、帝都の生活を支えていた遺跡である。地下にある遺跡であるから、ドームやミナレットの見える寺院と違って目立たない。地下鉄駅のような入口を探し当てるのに苦労した。遠方の水源からローマの土木技術を駆使して引いてきた水を、ヴァレンス水道橋等を通してこの地下貯水場に蓄え、ビザンツ、オスマン時代、宮殿やその周辺地域に水を供給していた。当時このような貯水池は100以上もあって、謂わば、帝都の生命線であった。建設されたのは4世紀頃で、336本のコリント様式の円柱で支えられた縦140m、横70m、高さ8mの地下空間であったという。水を貯めるため当時としては途方もないスペースを何故地下に作ったのか。素人の勝手な想像だが、水の蒸発を防ぐこと、外敵の攻撃や進入に備え籠城のための水を秘密裡に確保しておくこと等を考慮したのではないかと思う。入口から階段を下りると、冷ややかで、鍾乳洞に入ったような感じが一寸する。柔らかな照明がコリント式円柱の間のボードウォークを照らし、水がその光を仄かに映す。強い陽光が肌を刺す地上の世界から、隔絶した湿った幻想の地下世界に降り立つといった感じが怪しげで魅力的でもある。
「メドゥーサ顔」を礎石とした円柱
奥の一角に「メドゥーサの顔」を礎石とした円柱が二柱ある。メドゥーサはギリシャの女神で蛇の頭髪を持ち、メドゥーサににらまれると人は石に成ると言われている。片方の礎石のメドゥーサの顔は逆さまに、もう一方は横に置かれている。何処かの神殿から切り出し、顔の向きなどには頓着せず無造作に礎石として置かれたのかそれとも特別の祈りや願いを込めて恣意的に顔の向きを決めたのか判らないが、いずれにしても、怪しげな地下宮殿の守り神といったイメージである。(続)
財団法人日航財団のホームページに掲載されている個々の情報の著作権は、特に記載のない限り、すべて当財団に帰属し、日本国の著作権法及び国際条約による著作権保護の対象となっています。当財団ホームページの内容の全部又は一部については、私的使用又は引用等著作権法上認められた行為を除き、当財団の許可なく引用、転載、複製等はお断りします。なお、引用等を行う場合には、適宜出所を明記してください。当財団ホームページの内容の全部または一部について、日航財団に無断で改編を行うことはできません。
〒140-0002 東京都品川区東品川2-4-11 JALビルディング 財団法人 日航財団
Copyright©2008 JAL FOUNDATION. Al Rights Reserved
|