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トプカプ宮殿(その2)
ボスポラス海峡およびアジア側を望む
宝物館を出て、「小さなモスク」に出るとマルマラ海が眼前に開ける。豪華な金銀の装飾や山のような宝物の後、開けた眺望にホッとする。チャイで一休みと決めて、Cafe/Restaurantに向かった。第三の中庭を抜けると、宮殿敷地の一番奥、マルマラ海と金角湾を望む岬と言っていい見晴らしのよい場所に第四の中庭がある。レストランはこの中庭に面した宮殿の東南端のアブドゥル・メジト館にある。この建物は洋式で19世紀半ばに亭もしくは庵として建てられた地上二階建ての頑健な石造りの建物である。「亭もしくは庵」と言っても、日本の瀟洒な庵の小屋(しょうおく)といった感じは全くない。オスマン帝国衰退の兆しが強くなると、諸スルタンは海の見える辺りに留まることが多くなったという。歯止めの難しい衰退、割譲され続ける領土、底を着く財政など、難しい決断を下さなければならない局面が多くなったに違いない。スルタンはそんな憂愁と苦悩を海の見える景色で少しでも癒したのであろうと思われた。このレストランからの素晴らしい眺望はかってはスルタンの私物であった。チャイを楽しみながらのスルタンの眺望もまたトプカプの宝玉である。
タイルの壁
第四の中庭とチュウリップ庭を横切り、カラ・ムスタファ館を抜けると、宮殿の東北端に至る。マルマラ海は既に見えず、金角湾、ボスポラス海峡の眺望が開ける。この一角に、タイル装飾の見事な割礼館、バグダット館およびイェレバン館が並ぶ。余談ながら、ガイドブックなどには「館」と記されているが、トルコ語では「Köşkű(キョシュキュ)」で「あずまや」を意味する。駅の売店のキオスクの語源である。
タイルの壁
「館」には公的な施設と言った色合いがあるが、ここに述べる三館はプライベートな空間である。割礼はイスラムでは大きな儀式で、割礼館は、王子達の割礼を祝うために1640年に夏のあずまやとして建設された。また、バグダット館、イェレバン館は、その名の示すとおり、バグダットの戦い、イェレバンの戦いの戦勝記念としてほぼ同時期に建てられたものである。
この三館は内壁外壁共に花をモチーフとした青タイル、中国、日本などの陶磁器に影響を受けたと言われる白と青のタイルなどで見事に装飾が施されている。これらのタイルはかって議事堂や宝物庫を飾っていたものを再利用しているという。
ハレム中庭
ハレムは、言わずと知れた女性の世界で、男性禁断である。ハレムという言葉から千一夜物語の怪しげで艶やかなイメージを払拭しえないが、実はスルタンとその家族の生活の場で、スルタンの母を頂点に、スルタンの后、王子皇女、愛妾達が生活していた。スルタンの居所が有った事は言うまでもない。召使もハレムに寝食の場を与えられ、男性召使は全て宦官であった。普通の男性(虚勢された宦官に対する)はスルタンの許可なくしては入域できない。例えば、食事は厨房からハレムの入口まで運ばれると、ハレムの召使に受け渡され、外部の召使は内部に入れないと言った徹底振りである。火災による焼失などはあったが、宮殿の拡張と共にハレムも増設され現在の大きな規模のコンプレックスとなった。今はトプカプ宮殿内の別博物館として一般に公開している。 ハレムの入口は武器庫の脇にあって、「手押し車の門(Gate of Carts)」と呼ばれている。何故そう呼ぶか定かでないが、手押し車しか通れない程の狭い門であり、ハレムの閉鎖性が感じられる。入口ホールを抜けると「宦官の中庭」に出る。庭の周囲は召使や奴隷たちのモスク、診療所、宦官長の部屋等が置かれた宦官の居所で、ハレムの日常生活を支える中枢部である。王子達の学校がここに置かれたことは興味深い。言うなればここまでがアウター・ハレムで、中庭の奥にハレムの正門がある。ハレムは大きく分けて三つの区域に分けられる。門の左にスルタン妾達の居所への通路、中央にスルタンの母の居所に至る通路、そして右に「黄金の道」と呼ばれる通路がありスルタンの居所に至る。
金メッキの鉄格子
イタリア、バルカン、東欧、コーカサスなどから集められた絶世の美女であったろう妾達の居所は女子寮のようなものではなかっただろうか。勿論、召使が身の回りの世話は見るものの、浴場、洗濯場、給水所などは共同であった様で、一生この区域に留められていた美女達の孤独とお喋りや葛藤が見えてくる。スルタンの母の居所はスルタンの居所と並び、最も広くかつ重要な場所である。居室は花をモチーフとしたイズニックタイルで飾られ、大理石の床とバスタブや金メッキを施した鉄格子などで装飾した豪華な浴場は、スルタンの居所に繋がっている。スルタンの母の居室に近接する皇帝の間(Imperial
Hall)はハレムで一番重要な部屋であろう。
大広間
この大広間はトプカプで最大の丸天井を備えたスルタンの謁見の間であり、ハレムの娯楽、宴会などの集いの場であった。スルタンは、腹心や友人、皇母、正妻、その他の妻妾や子供たちと会い、楽しみを共にしたのである。宗教儀式、結婚式には皇族を招待してこの広間で催しも行われたと言われている。その外、広間の奥にはムラト三世の個室、アフメット一世の個室、アフメット三世の個室、皇太子の居室、愛妾の中庭などが夫々の特徴と装飾を備えて続いている。誠に壮大なハレムである。しかし、世間から隔絶された宦官と奴隷そして女性の世界であるハレムには、先入観も影響しているのかもしれないが、暗くかつ不健康な印象が残ってしまう。
愛妾の部屋
ハレム個室の壁
3時間余の駆け足トプカプ宮殿の観覧は、豪華絢爛さ、規模の大きさに圧倒され疲れてしまって、「挨拶の門」を後にすると正直ホッとしたほどである。トプカプには、日本の寺社城郭にある簡素な美、自然に抱かれた静粛感は微塵も感じない。また、フランスのベルサイユ宮殿にも、北京紫禁城にもそれは感じられず、「どうだ、これでもか」と言わんばかりの支配者の富と力の誇示に押しまくられてしまう。異民族と隣り合わせに棲み、生活の糧を奪い合い、異民族侵略支配の辛苦を味わうことのなかった我々にとっては、このような富と力の誇示は少々度外れで、居心地が悪い。(続)
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