ボスポラス海峡(その2)

 イェニキョイ近郊エミルギャンにトルコ一、二のサバンチ財閥の別荘があり、美術館として一般に公開されていると聞いて、一見しようとバス停を探してバスを待つが、要を得ない。バス停の老人に「エミルギャン、エミルギャン」と声高に尋ねると、「判った。エミルガンに行きたいのか。わしもそっちの方へ行く。エミルギャンへ行くバスが来たら教えるから待て、待て」と「心配ない」となだめるように言ってくれた(のだと思う)。バスが来ると「このバスだ。一緒に来い」とのジェスチャー、バスの運転手に私を見ながら「この外国人はエミルギャンに行くらしい。面倒を見てやれや」とでも言ってくれたのだろう。運転手は私の掌からコインをとってバスの中ほどに入れと合図をくれた。15分程海岸沿いの道を走ると、美術館の前のエミルギャンのバス停で無事下車した。

 サバンチはトルコ屈指の財閥で、一族は中部アナトリア、カッパドキアに近いカイセリ出身である。トルコ共和国成立後、トルコ経済は政府と癒着したオスマン時代からの財閥に牛耳られていたが、首都をアンカラに移し、世俗主義が進むにつれて、アナトリアの企業家達が勃興して、全国的に拡大した。その旗手がサバンチで、事業を立ち上げた初代ハッチ・サバンチ、そして企業集団の財閥にまで発展させたサキップ・サバンチはアメリカン・ドリームならぬターキッシュ・ドリームなのである。イスラム政党が与党として現政権の座にあるが、政治面でのイスラムの勃興はこのようなアナトリアの新興企業家たちの経済面での進出に支えられていると言える。この美術館はオスマンの高官、モンテネグロ王の居所・大使館であったものをサバンチが購入し住んでいたが、1998年美術館に改造して、現在はサバンチ大学に属している。海峡沿いの小高い丘の上にある美術館はピカソ、ロダン等の有名芸術家の展示会を開催したことで知名度が高いそうだが、サバンチ・コレクションもなかなかで、中国・ドイツ・フランスの陶磁器、小彫刻、金属工芸品、家具、絵画、オスマン時代のコーランや祈祷書の詩歌などのカリグラフィーや古文書等多岐に亘っている。日本とも経済面で親密な関係にあるのだろう、サバンチが受勲した日本の勲章も展示されている。余り観覧者の多くない展示物の間を一回りして、自分達で絵付けした焼き物を手に持った子供達と付き添いの親に混じって美術館を出た。美術館の焼き物教室で楽しむ余裕があるこの辺りの住民には金持が多いに違いない。

ルメリヒサル

 道はボスポラス沿いにガラタ橋まで続くのだが、海沿いのレストランで昼食を済ませ、ルメリヒサルを経て、隣町ベベックまで海岸通を2~3km歩き始めた。見るところボスポラスに海浜はない。道の下は流れの急な海で、碧味を帯びて青い。そして、太陽は容赦なく身を焦がすように照る。海峡は船が絶え間なく往来する忙しい水路である。統計によると、年間48000隻の船舶が海峡を通過する。船舶通行量はスエズ運河の3倍、パナマ運河の4倍にあたるそうだ。そして、信じがたいのだが、潮流は常に黒海から南に流れるという。狭い水路、早い潮流と霧と重なれば、海難事故は避けがたい。事実、ロシアの軍船が岸の別荘に突っ込んだり、タンカーの座礁炎上など、過去幾多の事故が起こった。自動車が海に落ちることも多くあって、あるジャーナリストが「海に落ちた車からの脱出法」を新聞に掲載したほどだと言う。曰く、

ボスポラスに落ちた車から脱出する方法

  1. 慌てふためくな。窓を閉め車内が水で一杯になるのを待て。ドアに鍵が掛かっていないことを確かめよ。また、車内の人全てが冷静であることが肝要だ。
  2. 車が海底に向かって沈み続けていれば、ハンドブレーキを引き上げよ。
  3. 車内が水で一杯になったら、天井と水面の間に残った僅かな空気を胸いっぱい吸って、ゆっくりとドアを開け、慌てずに車外に出よ。

この脱出方法をお試しある方に反対はしないが、「ボスポラスに落ちた車から」とある事に注意を喚起しておきたい。

 スルタンメフメットはコンスタンティノープル攻撃に先がけ、ボスポラス海峡が最も狭まる辺りに城砦を短期間に築いて海峡を制した。この城砦はルメリヒサルと呼ばれている。ルメリはローマ、ヒサルは砦を意味する。つまり「ローマ(ヨーロッパ)側の砦」である。ヨーロッパ側の砦という以上、アジア側はとの疑問が湧く。ルメリヒサルの海峡を挟んだアジア側には、ルメリヒサルの50年ほど前にアナドルヒサルが立てられている。アナトリアはトルコ語でアナドルというそうであるから、ルメリをヨーローッパと呼ぶなら、アナドルヒサルをアジア側の砦と呼ぶことは正確ではないにしても判りやすい。ボスポラス海峡を抑え、北からの物資、なかんずく、穀物の搬入を抑えられたコンスタンティノープルは窮地に立たされ、程なく陥落するのである。その後オスマンの時代には北からの脅威もなく、両砦は荒廃していった。高い城壁を入ると建物は崩れてしまっていたが、城壁は残存している。物見の塔は修復中で登ることが出来なかったし、屋外劇場を作る準備工事が始まっていた。この辺りボスポラス海峡の中でも最も美しいところであるから、塔の修復が完成し、劇場でも出来れば、素晴らしい観光スポットになるに違いない。(続)




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