ボスポラス海峡(その3)

ベベック

 ルメリヒサルからボスポラスを下ると、老人が上半身裸で釣をしたり、若い人が泳いだり、子供連れが日陰で憩うプロムナードがベベック迄続く。ベベックは南欧の港といった風情で、ヨットやクルーザーが係留され、高台には糸杉に囲まれた邸宅が建つ。洒落たレストランやカフェの並ぶ富裕層の避暑地といった感じで、トルコ的雰囲気は薄い。イスラムの影の薄い世俗主義の町なのであろう。

 ベベックでタクシーを捕まえて、ボスポラス大橋のたもとのオルタギョイに向かった。ボスポラス大橋を背景に海辺に立つ小振りだが華麗なモスクの町である。このモスクはオルタギョイ・ジャミーと呼ばれている。古くからあったジャミーが19世紀に立て替えられたバロック様式のモスクで、ボスポラスの光を受けてステンドグラスが美しく輝く明るいモスクである。モスク周囲には露店が立ち、海辺にはカフェが並ぶ。週末はカップルのデートの場所として人気があるらしい。露店を覗いてから、ボスポラスを望むカフェでしばし寛いだ。

オルタギョイ・ジャミー①
オルタギョイ・ジャミー②
オルタギョイ・ジャミーとボスポラス大橋

 地図の上では確かにボスポラスはヨーロッパとアジアの境であるが、周辺の人々にはそのような意識は希薄であろう。海峡は川でしかなく、対岸は隣町に過ぎない。ヨーロッパ一丁目とアジア一丁目の間に川があるといった感じに違いない。ヨーロッパ50丁目とアジア100丁目、つまりイギリスやアイルランドと日本との間にギャップは確かにあるが、距離ほどのギャップがあるのだろうか。世界は益々相互依存の度を強めているし、航空路やインターネットの発達でコミュニケーションも時間を要さない。今の人類は20万年ほど前にアフリカで生まれ、地球の隅々に移り住んだ。気候、住環境、食生活などから、個別の人種、言語、文明、宗教を生み多様化してきた。ヨーロッパの大航海時代や産業革命を機に、西欧文明が良し悪しは別にして広がった。それに従い多様化した世界は多様化を停止し、縮小化に転じているのではないかだろうか。近時その速度を速めているようにも思える。しかし、他方、世界は多極化もしくは無極化し、世界各地で人種的、宗教的衝突はその数を増し、物質文明への懐疑も強くなっている。資源は取りつくされ、貧困は広がり、地球温暖化による人間のみならず生きる物への影響は予測しがたい。地球、自然を征服せんとする人類の尊大さと物質主義がこれらの問題を生んでいる。狭くなった地球は飽和状態に達し、最早フロンティアは存在せず、拡大主義は成立しない。従って、自然に活かされる人類という認識をベースに調和した共存を目指さねばならないと思うのだが、人間のエゴは一筋縄ではいかなそうだ。取りとめもなくそんなことを考えたのだが、そろそろ腰を上げなければと、オルタギョイに別れを告げ、バスで帰途に着いた。


-完-



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