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旅の句帖:南アフリカの旅

入江 鉄人


【航空機①】

香港で「S航空」の飛行機に乗り換えた途端、機内は急冷の冷蔵庫状態であった。天井からドライアイスのような霧が吹き下りてくる。乗客の搭乗が終わると乗務員が両手に殺虫スプレーを掲げ、天井へ向けて全開状態で吹き出しながら通路を往復。乗客の大半はあっけにとられて口を押さえていたが、隣席にいたベテラン風のおばさんが、「機内の蚊を駆除しているのよ」と解説する。なるほど。

 この密室殺虫剤攻撃は、その後何度も続いた。


【ホテル】

 さらにヨハネスブルグで乗換え、ビクトリアフォールスという町に着いた。この町の「サファリロッジ」というホテルが最初の拠点である。大草原の中の小高い丘に建つ藁葺屋根の施設は、「世界の自然公園」にふさわしい佇まいで、レストランになっている広いテラスからは眼前に象やバッファローの集まる水飲み場、そしてその向こうは見渡す限りの地平線である。

部屋の入口の灯りには置物のように蛙が張り付き、部屋一杯に蚊帳が張られた客室の中では日本よりひとまわりも大きい殿様バッタが飛び回り、ベランダでは猿がモノ欲しそうにちょろちょろしている。そしてホテルの玄関前の車回しではイボイノシシが草を喰んでおり、まさに野生味あふれる理想郷なのであった。


  ボツワナの客室はみな秋の蚊帳



【食べ物】

期待?していたライオンの肉にはお目にかからなかったが、ワニ、ダチョウ、インパラのステーキは食べられた。現地の人の貴重な蛋白源であるというモパネワーム(蚕の一種)の焼き物は食べれば証明書を貰えると言われたが、食べる勇気がなかった。私はイモトではない。その他、ロブスターや寿司もどきがあったが、これは観光客向けのメニューであろうか。


【野生動物】

野生動物のいるチョベ国立公園のあるボツワナへ向かう。国境手前でジープを降り、一人一人消毒液の雑巾を踏んで入国。陸上と水上から合計4時間ほどのサファリであったが、ジープからはインパラ、クドゥ、キリン、シマウマ、ハゲワシ、ライオン、象など、ボートからは沢山の水鳥、ワニ、カバ、象を見ることができた。なかでも圧巻だったのは、中洲に上陸している河馬の群と、手の届くような距離でザンベジ河を渡る象の大群であった。


  象の背の吃水線や秋日落つ



【ビクトリアの滝】

今回のツアーのメインイベントのひとつであるビクトリアの滝。ジンバブエ側とザンビア側の両方からアプローチ。乾季も終盤である9月末ともなれば、水量は雨季とは比べ物にならないが、それでも雨のように降る水霧のための防水着は必要であった。景観優先のため、崖淵にも一切柵がない。「ここから先は危険」という看板がむなしく立っていた。遊歩道から見える大鉄橋から、100メートル下の渓底に落ちていくバンジージャンパーがときおり見える。「わぁー、やりたーい!」という若い娘に、ユーモアたっぷりの黒人ガイドが、「いつでもやれるよ。ロープなしでね。」


  落ちてゆくバンジージャンパー赤蜻蛉


 そしてわずか10分ちょっとであるが、ヘリに乗って上空からもビクトリアの滝を満喫。これは、上から見える景色よりも初めて乗るヘリの方がインパクトが強くて、滝はよく覚えていない?


【テーブルマウンテン】

ヨハネスブルグから空路ケープタウンへ。車窓には延々と続くマッチ箱のようなスラム、そして緑あふれる大邸宅、次に高層ビル。そして有名なテーブルマウンテンは雲を被っていた。翌朝、天気はよかったものの、結構風が強いらしく、ケーブルウェイは運航休止。

 その翌日の夕方、ケーブルウェイで山頂へ。円形のゴンドラは、到着までに床が360度回転するので、乗客は平等に景色を堪能することができる。頂上からは、ケープタウンの町が一望、振り向けば大西洋の水平線が広がっている。手摺のない崖に腰掛けてシャンパンを傾ける若者たち。風でケーブルがすぐに止まるのは、運んだ若者が強風に煽られて崖から落ちるのを避けるためもあるとか。


  登高のテーブルマウンテンワイン酌む



【喜望峰】

遠い昔、学校で習った喜望峰に行くのは楽しみだった。ケープタウンから喜望峰までは、70キロほど。途中、オットセイやペンギンの生息地を見学してお昼過ぎに目的地に到着した。

 大西洋とインド洋がぶつかるところというので、その海の色をじっくりと見てみたいと思っていたが、とても無理。バスから降りると、そこは嵐の真っただ中で立ってさえいられない。帽子を両手で押さえて記念写真を一枚撮るのがやっとである。こんなところをわずか178トンの船で航海したバスコ・ダ・ガマはやっぱりえらい。


  バブーンと駝鳥大時化の喜望峰



【安全性】

南アフリカについては、外務省から現在も危険情報「十分注意して下さい。」が発出されている。ヨハネスブルグ、プレトリア、ケープタウンでは銃器が容易に手に入ることもあって、武装強盗が多発しているので、昼夜を問わず一人歩きは危険だという。相手は躊躇せずに引き金を引くので、もし襲われたら抵抗せずに財布を出すようにとのことであった。添乗員からも、偽警官が多いのでパスポートの提示を求められたりしたら、近くの店に助けを求めるようにと注意された。

 したがって、予め隠し腹巻財布、買物用財布、強盗用財布の三つを用意して行ったが、そのせいで、今いくらお金があるのかいつもわからなかった。

 また、象やヒヒのように大きい動物ばかりでなく、マラリア蚊、皮膚から浸入するエイリアンのような蠅の幼虫などの生物も危険で、更には新型インフルエンザに1万1千人が感染して50人は死んでいるとか聞かされれば、余程好きでなければ行くところではない。都会では人間に、郊外では野生生物に注意ということだから、気の休まる暇はないのだ。


【お土産】

出発前にビクトリアの滝用としてウィンドブレーカーを買いに行ったアウトドア用品店の店員から、南アフリカに行くならお土産には「スワジランドのキャンドル」がいいと言われ、これを10個ぐらい買ってくればいいと決めていた。

 観光地のいたるところで木彫りの動物が売られていた。どこも同じ品物で、値段は交渉次第。

 ケープタウンで現地の日本人からルイボスティー(ノンカフェインの健康茶)を安く売っているスーパーマーケットを紹介され、ほとんどがおばさんである我が集団の全員が売場に殺到。バーゲン状態となった。各々が買い物籠に山盛りのルイボスティーを獲得し、たちまち品切れとなった。日本で買うより10分の1の値段だそうな。


【ネルソン・マンデラ】

彼が18年間も収監されていたロベン島の見学も予定に組まれていたのだが、1回目のトライは強風で、翌日のトライはエンジントラブルで船が出ずやむなく中止となった。そのかわり、ガイドさんの努力で、ロベン島の刑務所に同じく収容されていた人から直接話を聞くことができた。彼の話では黒人にはほとんど満足な食事は与えられず、何人かの心ある看守の密かな協力がなければ生き延びられなかったという話であった。


【大都会】

南アフリカの三つの首都、プレトリア(行政・230万人)、ブルームフォンテーン(司法・30万人)、ケープタウン(立法・350万人)そしてヨハネスブルグ(390万人)はやはり大都会である。高層ビルや立派なホテルが立ち並び、通勤時間には電車やバスから大勢の人が吐き出されて来る。しかし、これらの大都会には今でもトタン張りの鳥小屋のような黒人スラム街が何ヶ所もある。黒人の失業率は50%を超えているだろうとのことだった。


【航空機②】

南アフリカの人たちは総じてマイペースである。サッカーのスタジアムも年内に完成するようには見えなかった。帰国時の空港係員はのんびりとガムを噛みながら人指し指でキーボードを叩いている。案の定、離陸が大幅に遅れた。機内の夕食で、通路一杯のヒップの乗務員が私のお盆のカップを落とした。配り終わって戻る彼女に「カップがないよ」と言うと「落とすのを見ていたから知っているだろう」と言う。そんな問題じゃあないだろう。

 それやこれやで、帰りの乗継ぎの香港国際空港では2時間の余裕がとってあったのに、香港に到着したら成田行きの出発まであと20分しかない。添乗員は血相を変えて全員に「走れ」の指示。あらかじめ連絡してあったC航空の係員の誘導で日本に向かって走る。とうとう搭乗手続きを省略し、パスポートだけで搭乗する非常手段となった。まぁ、それでも無事なんとか成田に辿り着いた。

 添乗員さんありがとう。


 マラリアの国より戻り蚊の名残り


以上



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