日航財団ツーリズム 研修生の見た日本の観光地 > 鎌倉・江ノ島、両国・御徒町

日本政府はビジット・ジャパン・キャンペーン(VJC)の下、”外国人旅行者訪日促進運動”を行っています。数値目標として2010年までに1,000万人の訪日外国人を得ることです。日航財団は日本政府が重点市場として指定した地域12カ国の内、7カ国から毎年夏に大学生をJALスカラシップとして受け入れる一方、3カ国から大学生の財団での企業研修を1年単位で受け入れております。又、政府の観光促進運動に呼応しつつ、ツーリズム研究の一環として、これら研修生の目を通して「日本の観光資源」を調査、紹介しています。


今回は、昨年に引き続き、玉川大学学生との日中豪合同調査を実施しました。玉川大生お薦めのスポット「鎌倉・江ノ島」と「両国・御徒町」を2回に分けてまわる試みです。

 「鎌倉・江ノ島」訪問の翌日、学生間で意見交換をおこないました。江ノ島ほどの観光地に英語、中国語の案内がほとんどないこと、鎌倉を訪れる外客は多いが、江ノ島まで足をのばす人はわずかであること等々、辛口のコメントが飛び出しました。

 日本のモンサンミッシェル、江ノ島には背景に富士山という強みがあります。富士山を愛する多くの外客に、この地があまり知られていないのはもったいない気がします。うまく紹介する工夫が必要とされます。

 又、夏の暑い陽射しの中の調査となり、学生達は、くたくた。一日ではまわりきれないとの指摘もありました。そうなると外客が気軽にとまれるホテルがこの地域に少ないのも気になります。

 次の訪問地は、「両国・御徒町」。特筆すべきは相撲部屋の見学を組み入れたことです。 迫力ある朝稽古には、皆、大変感動した模様。観光目的での訪問には、稽古第一のため、制限事項も多いですが、相撲に興味がある外国人は大変多く、小人数での見学が容易になれば、東京のインバウンドの目玉となる可能性を秘めています。相撲博物館は江戸東京博物館に比べて外国語での案内が今ひとつのようで、改善が望まれます。


二人の研修生の旅、お楽しみください。
玉川大生による調査・報告(ツーリズム  インターン学生による調査・報告 江ノ島・鎌倉、両国・御徒町)も併せてご一読戴ければ幸いです。


実施日 2009年8月19日、26日
ルート 19日 北鎌倉-建長寺-八幡宮-小町通り-大仏-江ノ島
    26日 両国-春日野部屋-相撲博物館-江戸東京博物館-御徒町(アメ横)
財団研修生 Miss.Shuo Zhang(張 碩) 北京外国語大学 「鎌倉・江ノ島」、「両国、御徒町」の旅
      Miss.Teresa T.Q.Trinh  西シドニー大学 日本の夏の旅



「鎌倉・江ノ島」、「両国、御徒町」の旅

張 碩


-鎌倉・江ノ島-

 玉川大学の学生さん二人とオーストラリアからきた研修生と四人で鎌倉と江ノ島へ観光調査にでた。玉川大学生がコースを考えてくれて、案内してくれたので、とても楽しい旅になった。心から感謝している。

建長寺

 最初に行ったのは、臨済宗建長寺派大本山である建長寺だった。さすがは鎌倉五山の一位であって、どこを見ても「禅」のイメージが感じられた。そういえるのは、「禅寺」と資料に記載があり、先入観があったからかもしれない。また、平日で観光客が少なく、静かなお寺だからというのも理由の一つだ。しかし、一番大きい理由はやはり私自身の感じだと思う。

 一番好きなところは仏堂と法堂を通った後ろにある唐門と方丈(龍王殿)、そして奥の庭園だ。

 唐門と方丈の間の広い庭は、白い砂で覆われているだけで、八鉢のはすの花以外は何も置かれていない。足跡一つない砂は「空(くう)」を感じさせる。またはすは中国で古くから清らかなイメージがあって、はすからも何となく禅意が感じられる。

 方丈の後ろには禅寺を象徴する庭園がある。確かにほかの庭園とは感じが違った。起伏のある地面は短い草で覆われ、形の整えられた低い木がわずかに植えられている。庭園の真中にある池には他の所でよく見られる鯉がいないことにも気が付いた。とにかく、余計なものが一切なく、洗練された感じがした。

 白い庭と庭園の真中にある方丈は普段座禅を行う場所だ。四方に窓や戸があって、風通しがよく、庭と庭園のような禅意溢れる場所に囲まれながら座禅をするのは、より「悟り」に達しやすいと思う。

鶴岡八幡宮

 静かな建長寺から出て、歩いて鶴岡八幡宮に行った。ここはまた違う雰囲気だった。第一に真っ赤な色の建物からは華やかなイメージを受けた。そして、人がたくさんお祈りに来ていて、にぎやかだった。また、周りを飛び回る鳩は更に活気を生み出していた。

 私もここに来る皆と同じように、おみくじを引いた。 残念なのは、「凶」だったことだ。日本に来てからいつも「大吉」だったのに。しかし、おみくじに書いてある文字を読んで見れば、それほど悪くもなかった。要するに油断したら悪くなる、気をつければ大丈夫ということだった。「世の中はまさにその通りですね」と納得して、明るい気持ちでおみくじをたたんで木に結んだ。

小町通り

 次は小町通りに入った。私はいつも鎌倉のお土産や美味しいおやつに目が行ってしまう。アイスクリームの店で、特別なアイスクリームを発見した。紫芋味と抹茶味のアイスクリームはすでに食べたことがあるが、紫芋と抹茶が半分ずつ入っているのは初めて見た。このアイスクリームは色がきれいで、しかも「アジサイ」と言う美しい名前があって、とても印象的だった。


鎌倉大仏

 日本語を勉強し始めたばかりの時、中学校一年の日本語の教科書に鎌倉大仏が出ていたので、とても憧れの存在だった。今度は二回目だが、大仏は何度見ても飽きない。理由はわからないが、ひたすらに大きい仏像が好きだ。大仏が屋外にあることは、とても魅力に感じた。晴れの日も雨の日も、暑い日も寒い日も、地震も津波も、周りがどんなに変わっても750年以上変わらずにそこに鎮座していた。まさに仏の「一切皆空」という悟りの具現だと思う。


江ノ島

 江ノ島は、昔から美しい天女と龍の伝説があって、とても神秘的だと思った。それに因んで、縁結びの神になった。島に上がると、若いカップルがたくさん見え、あちらこちらにピンク色のおみくじがあって、江ノ島独特のロマンチックな雰囲気だった。中津宮では、面白い看板に気づいた。「お祈りするときは、紐を静かに下に引いてください。」と書いてある。紐は普通揺らすものだよね、と面白く思ってよく観察した。屋根につけられているのは紐ではなく鈴であって、紐は一端が鈴に固定され、それから斜め下にある横に固定された鉄の棒の上を通して、下に長くたれている。こうして、紐の下の端を下に引くと、鈴が鳴るようになっている。「なるほど!」と思った。

 また、江ノ島の神社の前にある獅子は、すべてエプロンのようなものがまかれている。母獅子の足の下にある小さな獅子にもエプロンがあって、とても面白い。

 辺津宮、中津宮、奥津宮の三つの神社を見学した後、島の一番奥にある稚児ヶ淵に行った。観光地の海岸は普通二種類あると思う。砂浜と岩である。私は両方とも大好きだが、後者のほうがより好きな気持ちが強い。江ノ島は岩と海の組合せである。海水はいつも大きな音を立てながら力強く岩とぶつかる。一つの波が下げてももう一つがすぐぶつかってくる。怠けない、疲れない。私はこのようないつまでも気勢が盛んな海の性格に魅了される。また、地平線の向こうの見えないところまで続く海を見て、その広さにも魅了される。広大な海と比べて、人間はいかにも「小さい物」だと感じる。その「小さい物」の悩みなんかは、本当に小さくて、取るに足りないと思った。海に来ると、気持ちが良くなれると思った。

 稚児ヶ淵から階段を登って、窓から海を見下ろせる料亭で昼ご飯兼、晩御飯を食べた。夕日の下でやわらかく光っている海がとてもきれいだった。橙色の空に時には、普段余り見えない鷹のような大きい鳥が飛んでくる。鳶(とんび)だそうだ。江ノ島ではこんな鳥も見えるなんてすごいなあと思った。帰りにずっと前から食べたかったサザエの壷焼きを食べられて、大満足。


 建長寺・鶴岡八幡宮・鎌倉大仏と江ノ島、それぞれ特徴のあるお寺、神社、仏像と海を一日で全部楽しめたのは充実していてよかったと思う。鎌倉には日本のいろいろな違う文化の代表が一箇所にそろっているのはすごく良いポイントで、これからもますます世界に知られるようになると思う。


-両国・御徒町-

春日野部屋

 二日目は両国とアメ横に行った。九時半頃、予定の出羽海部屋についたが、稽古はすでに終わったと言われた。とても楽しみにしていたので、がっかりした。次の目的地相撲博物館に向かう途中、偶然道でまわし姿で柔軟をしている三人の力士を発見した。近くに行って話を聞いたら、一人の力士が中でまだ稽古をやっているので聞いてみれば見学させてくれるかもしれないと親切に話してくれた。そして、一緒に記念写真を撮ることもできた。とても親切な力士だった。このような経緯で、春日野部屋を見学させていただいた。

 ここは見学に厳しいので、入る前に携帯の電源を切った。稽古の邪魔にならないように静かに入って、すばやく畳に座った。土俵で、二人の力士が勢い良く戦っていた。勝った人が土俵に残り、続いて他の人と戦うようになっている。

 近いところで力士の戦いを見ると、その迫力は想像を越えた。合図の後、一斉に立ち上がり、その大きい体に伴う勢いは、通常の人の何倍以上もある。そして、大きい音を立てながらぶつかり、その衝撃は通常の人なら絶対飛ばされるに違いない。ここで勢いに負けて土俵から押し出される場合もあるし、一瞬、対峙してから新しく攻撃する場合もある。土俵の縁に押されて負けそうに見えても、相手の隙をついて一挙に倒したりするケースもある。そして、重量による級分けがないため、体格の差が大きい力士同士の戦いで小さいほうが大きいほうを倒すケースもある。戦いが終わると土俵の外で秒ごとに激しく息を吐く力士や、ぶつかりによって体に赤い跡が残っている力士もいた。このことからも、戦いの激しさが伺える。相撲の戦いの激しさ、勝負の瞬時性と未知性こそ、魅力だと思う。

 見学していた一時間程の間、土俵で対戦した力士はほんのわずかの五、六名だけで、白いまわしをしていて、ほかの灰色のまわしをしている力士と区別されているように見えた。たぶん先輩と後輩だと思う。後輩達は、タオルを持って先輩達の汗を拭いてあげたり、水を渡したりするばかりだった。最後の二十分だけ、後輩達が一緒に土俵に出て、片足が土俵内、もう一方の足が土俵外の形で立って(土俵と地面は高度差なし)、輪になって、四股(しこ)を踏んでいた。面白いのは、全員が短い間隔で並んで、腰の位置を低くして、前の人の腰を押すように、すり足で「イチ、ニー。イチ、ニー。」と言いながら土俵の縁に沿って前に進む時だ。まるで大きい赤ちゃん達がムカデリレーをやっているみたい。写真を撮りたくても我慢するしかなかった。

相撲博物館

 稽古の場である相撲部屋から出て、今度は対戦をする両国国技館に向かった。着いた途端、入り口の両側にある相撲の壁画に目が奪われた。昔の絵で相撲力士像や相撲の戦いの場面が描かれている。とても大きいので、インパクトがある。それから、一階にある相撲博物館を見学した。「昭和30年代の四横綱展」が行われていて、横綱の写真、化粧回し、手形などが展示されている。これらの展示物を自分のサイズと比べながら見れば、横綱たちがどれほどの体格かが想像できる。また、大きいテレビ画面で相撲の決め手が流されている。実際の試合の録画や、力士が演じた録画などを通して、分かりやすく紹介されていた。

 相撲お土産館には、今の強い力士のグッズがそろっている。団扇、ハンカチ、携帯ストラップ、トランプ、コップ、旗などいろいろあって、相撲ファンにはいい店だと思う。

江戸東京博物館

 江戸東京博物館には小さい模型が多数あるほかに、実物大の人形と家を通して昔の庶民生活を再現した展示品があるので、江戸に親しみを感じた。照明が暗すぎていい写真が撮れないのは少し残念に思ったが、写真撮影ができること自体、観光客としてはありがたいことだ。また、体験コーナーで籠に座ったり、前輪が著しく大きい自転車模型に乗ったりして、楽しい思い出になった。展示品の中には凌雲閣(浅草十二階)という塔の模型がある。その美しい姿に魅了された。残念なのは、関東大震災で半壊し、解体された。大震災でたくさんの昔の建物が焼失されたが、もし大震災がなければ、今の東京はどんな風景だろう、楽しみだ。

アメ横

 アメヤ横丁、略してアメ横。好きなので、今度で四回目になる。最初の印象は活気があり、外国人が多いことだった。ここに外国の食べ物とちょっと変わった食べ物がたくさんある。遠くまで香りが漂うケバブや、見ると唾を飲むほどの鶏丸焼きや、一膳の食事の量になるほどの爆弾焼きや、アメ横限定のアメ横焼きなど、グルメが大喜びするだろう。

 また、海鮮類を売る店が掛け合いでにぎわっている。「お姉さん、安くしてあげる。1000円で二つもあげるよ。」などと話かけてくれて、もし買おうとすれば相談してさらに安くしてもらえる。日本ではなかなか珍しい風景だと思う。安いというと、スニーカーやスポーツウェアが特に安い。同じ品物なのに、ほかのところでは倍以上の値段になる。そのほか、アメカジのTシャツや帽子の店に入ると、インパクトのある柄がたくさん並べてあり、いかにもアメリカっぽい感じ。最後まで歩いて、上野駅で電車に乗ってからも、アメ横の賑わいが頭の中に残っていた。


 二日間の旅で、日本をもっと楽しむことができた。相撲稽古が見学できて、なかなかいい経験になった。一年近く日本に滞在したことを通して、日本文化についての知識が増えたからこそ、日本文化をもっと楽しむことができたと思う。


以上



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日本の夏の旅

トリン テレサ


-鎌倉と江ノ島-

 玉川大学の2人の学生と研修生とで鎌倉と江ノ島の観光スポットとおいしい食べ物の調査に出かけた。

建長寺

 旅は静かな北鎌倉駅からスタートした。建長寺は駅からすぐのところにあった。

 建長寺は鎌倉の有名なお寺の一つで、又、古い日本の禅修業の僧院である。寺院の総門はとても大きく2つの門は開かれていた。中に入ると広場がありその向こうに狸門と呼ばれる門がある。狸門をとおる時、とても大きく感じられた。近くにきて、その大きさがわかった。

 狸門の隣には日本の国宝の一つである釣鐘があった。鐘の姿は普通だったが、1255年につけられ、寺の創設者の銘が打たれており、その歴史の重さに感銘を受けずにはいられなかった。

 建長寺の他の部分では仏殿、八塔、方丈を訪れた。方丈の外側の廊下からは、境内の後方に位置する庭の素晴らしい景色を見ることができた。つかの間ではあったが絵のような池を抱いた広大な緑の庭は、日本の真夏の暑さの中、建長寺を訪れた人々に、ほっとする安らぎを与えてくれた。

鶴岡八幡宮

 建長寺を後にして、有名な神社である鶴岡八幡宮へと歩いた。鶴岡八幡宮に近づくと、観光客を乗せた人力車や車のいきかう賑やかな通りのすぐ前に赤い鳥居があるのが見えた。しかし、鳥居をくぐり、太鼓橋をわたり、はすで覆われた池をすぎると雰囲気は、ずっと静かになった。

 本殿は長い階段の上にあった。多分62段ほどの階段であったが、次第に暑さがしのびよってきて、上まではかなりあるように感じられ、上るのに相当なエネルギーを必要とした。しかし、玉川大学生の一人といっしょに一生懸命、上った。

 上に着いて、写真のポーズをさっときめてから本殿にはいった。本殿の前は、賽銭箱に小銭をいれ、手をたたいて合わせ、願いがかなうようお祈りする参拝客であふれていた。

 沢山の絵馬が神社にかけられていたが、日本人だけでなく多くの国籍の外国人が神社を訪れていることがわかった。絵馬に書かれた多くの願い事や祈りは、中国語、フランス語、英語でもかかれており、日本の文化が世界中の人に訴えるものがあることを示していた。

 多くの参拝者達がおみくじを選んだり読んでいる光景を見かけた。その時まで、私はおみくじを引いたことはなかった。もしたまたま凶がでたら、そして最悪のシナリオで大凶がでたらそのとおりになってしまうのではおもうと、こわかったのだ。しかし、今回はどんな運勢がでるか、仲間の研修生と玉川大生とともに、ためしてみようと決めた。幸運なことに、私は吉、他の二人は凶がでてこまっていた。日本の習慣に従って、二人は凶が去っていくように、そのおみくじを引いた所のひもに結びつけた。

 境内の中をまわっている時、私を微笑ませ、これぞ日本の夏とおもわせる体験にでくわした。それは、日本の少年、少女達が、長い虫取り網のついた棒をもって、虫かごを肩にかけ、大きな茶色の騒がしいセミを捕まえようと、境内の中を走り回っている光景を見た時だ。

 その時は暑さで疲れていたが、とても心をひかれたので、私も虫取り棒を持って、神社の多くの木々で泣いているセミをとってみたいとおもった。残念ながら我々の忙しいスケジュールではそのような時間はなく、次のおもしろい目的地、小町通りに向かった。


小町通り

小町通りには、お土産や、着物、準宝石、ガラス製品等、様々の品物を売る小さなお店が両側に並んでいた。しかし、すごいなとおもったのは、多くの食べ物を売るお店、特にスイーツのお店が沢山あったことだ。
皆でやきたてのせんべいを食べたが、私はおなかの中に更にスペースを残していたので、チョコレート、ラム味のクレープ、紫いもいりのアイスクリームなどをためしてみた。

 賑やかな、通りを歩くのはとても楽しかった。その前に訪れた静かな寺院や神社とは対照的であった。

江ノ電

 賑やかな小町通りの後、有名な緑の電車、江ノ電に乗った。緑と薄い黄色のローカル電車はレトロに感じられた。中はエアコンが効いており、暑さから開放され、とても心地よかった。つかの間の涼しい汽車旅の後、また、鎌倉の道を歩いて、大仏へと向かった。

鎌倉大仏

 背景がとても美しい13メートルの青銅の大仏を見ると、その巨大さと全体の美しさに、感動を覚えずにはいられなかった。この美しい光景に引き寄せられて、大仏の前のお香をいれた丸い鉢の前までいき. 煙を私の体の悪い部分にひきよせた。そして、私の頭と脳がお香の煙の力でよくなりますように祈った。

江ノ島

 大仏を後にし、江ノ電の素敵な旅を続け、私達は最終目的地江ノ島に着いた。道を歩く水着姿の多くの人々、海水浴客、浜辺でバーベキューをする若い男女、砂にまみれで家族といっしょに歩いている子供達を見ると、この地が海なくしては語れないことがわかる。

 江ノ島にかかる橋をわたると両側に多くの小さなお店が並ぶ小路がみえた。道の端までいくとエスカレーターがあり、さらに奥の神社や他の見所に行くことができた。様々の種類の神社は、徒歩での探検をとてもおもしろいものにしてくれた。

 汗をかき、息を切らしながら歩くことは、とても苦しかったが、最後に到達した場所では美しい海と、サンセット、そして涼しく爽やかな海風のご褒美が待っていた。

 釣りをしたり、泳いだり、ぼんやりと海を眺めている多くの人々、そして、岩場の潮だまりでは、子供達が貝などひろっていたが、私達は皆と同様に楽しんだ。靴を脱いで、水と戯れたい強い誘惑にかられたが、時間がないので、あきらめざるをえなかった。

 レストランのある場所まで戻るには、はてしなく続く階段を歩かねばならず、かなりの挑戦であった。汗をかき、足の痛みに耐え、ようやくレストランにたどり着いた。

 江ノ島だから当然のことだが、メニューは海産物が中心であった。私が選んだのはサザエ丼セット、ご飯の上に卵とたまねぎとさざえがのった丼に、素晴らしい風味のかに汁と漬物がついていた。美しい海岸の景色と満足のいく夕食は、最後の下りに必要なエネルギーを与えてくれた。

 私が江ノ島で特に気に入ったものは、島中で気ままに横たわっている沢山の猫。猫達は行き交う人々を気にせず、好きなことをしているようにおもえた。人の行き交う道の真中やお店のあたりでじっと寝ていたり、観光客達の間をゆっくり歩きまわる、色も大きさも性格も異なる島の猫には、とても引き付けられた。

 旅の最後の良かったことは、江ノ島名物の一つ、小さな蛸を、特別な機械で圧縮し平らにし、大きなせんべいに仕立てた蛸せんべいを食べたこと。せんべいを作るのを見るのがおもしろいだけでなく、その味は充実した一日の最後をしめくくるのにふさわしい素晴らしいものであった。


 今回の旅では、いろいろなこと学ぶことができた。鎌倉では建長寺、鶴岡八幡宮、小町通り、大仏など名所を見る機会に恵まれ、江ノ電に乗ったり、江ノ島を訪問する事もできた。 ときおりの暑さには少しまいったが、鎌倉の歴史のある神社や寺院は訪れる価値があった。

 旅の間で見た光景の多くは、感動的で、はっとさせられ、そして美しかった。機会があれば、もう一度、本日のコースをたどってみたい。汗ばむ日本の夏の暑さと江ノ島の階段を考えると少し勇気がいるけれど。


-両国・御徒町-

 玉川大生2人と研修生とで、こんどは東京の見所を調査した。

相撲部屋

 両国駅についたが、駅の周辺は、日本の伝統的スポーツ、相撲と強い関係があることがよくわかった。駅の構内を歩くと、壁に2人の力士が描かれた絵がかけられているのが目に付いた。これは、両国でその日みかけた相撲関連の品々の最初のもの。駅でわくわくした後、タクシーで朝稽古を見学する予定の相撲部屋に向かった。

 相撲部屋に到着し、部屋の建物の写真をとっていると、まわしだけを身につけた力士が部屋の玄関から出てきて道を歩きはじめた。力士をみるのは始めてだったので、相撲の稽古が見られることにドキドキした。

 しかし、その日の稽古はすでに終了したと聞いた時は、がっかりした。残念ながら我々はその相撲部屋にはいることはできなかった。

 幸運なことに、我々が次の目的地に向かって歩いていると、数名の力士が道にちらばってストレッチや休憩をとっている場面にでくわした。写真をとらせてほしいと頼んだ後、玉川大生が見学に関して尋ねると、力士の一人がまだ稽古中で部屋にはいることができるかもしれないといってくれた。激しい相撲稽古をみる機会を与えてくれた幸運な出会いに大喜びした。

 相撲部屋にはいり、靴を脱ぎ畳の上に正座した。相撲世界の厳しいルールで、稽古を見ている時は静かにしていなければならなかった。又、写真撮影が禁止されていたのが、とても残念であった。

 私たちの前の一段低いところに、四角形で灰色の砂場のような場所があり、その中に土俵が設けられていた。二人の力士が中で稽古をしていた。力士たちのつけている廻しは2種類の色があり、白い廻しの力士は、色の濃い廻しの力士よりベテランでランクが上、濃い廻しは下位ランク(新弟子)のように見えた。稽古の間、下位力士達は土俵の外に立ち、タオルをもって、熱心に先輩力士達の稽古を見ていた。

 下位力士は、先輩力士に、稽古の後、タオルをわたしたり、汗をふいたり、砂を払ったり、口をすすいだり、飲むための水をひしゃくでわたしたり、やらねばならないことが沢山あった。相撲部屋の全員に、守らねばならない厳しい規則があり、特に下位力士には骨の折れるきつい生活のようにおもわれた。高位力士達の稽古が終わると、下位力士の番となった。稽古は、いっしょに土俵のまわりをしこを踏みながらまわることの繰り返しだった。

 力士達が日本の伝統的スポーツのために、精神的にも肉体的にもきつい稽古に挑戦していることに、私は畏敬の念にとらわれた。

 稽古がおわり、しびれた足を開放して、相撲博物館に向かった。

相撲博物館

 両国国技館の中にある相撲博物館では、8人の横綱がいて相撲人気が高まった時代がしのばれた。8人の横綱の詳細が、取組み前の儀式で使われた細かく装飾された化粧廻し、過去の名勝負に関する本、記事、そしてとてつもなく大きな手形とともに、紹介されていた。

 博物館の壁には、昔の力士達の絵がかけられていた。異なるスタイルで描かれた力士達の姿はは相撲の長い歴史を教えてくれる。初期の力士は浮世絵(カラーの木版画)で描かれ、後世になると立体間のある3Dスタイルの絵になり、最近の力士は写真へと変化してきている。

 相撲の決め手の紹介ビデオはとてもおもしろく、絶対に自分も決め手を使って相撲をとってみようとおもった。

 朝から相撲体験をしたので昼食はちゃんこ鍋に決めた。ちゃんこ鍋は、様々の野菜、とうふ、肉、海産物を一つの鍋にいれ、とりと味噌だしでにこんだもので、力士達がふだん食べている。相撲博物館周辺のちゃんこ鍋のお店はとても高かったが、玉川大生が手ごろな料金のお店をみつけてくれた。

 相撲の雰囲気抜群のお店で昼食をとった。玄関で靴を脱ぎあがったが、壁には相撲に関する様々のポスターや写真が貼られていた。ちゃんこ鍋セットは、期待を裏切らなかった。薄味のスープの中にキャベツ、チキン、もやし、とうふ、きのこ等をいれた土鍋が、小さなガスコンロとともに運ばれてきた。ガスに火をつけ、鍋から湯気があがった頃、食べ頃となった。ちゃんこはとてもおいしかった。力士達がしょっちゅう食べているのが不思議でないことがわかった。

江戸東京博物館

 昼食の後、次の目的地、江戸東京博物館に向かった。便利なことに国技館のすぐ後ろに位置していた。
江戸東京博物館の外観は、その名前とは対照的に、未来の建物のようで少し驚いた。

 博物館に入り6階につくと、江戸時代の暮らしの常設展示物があったが、大変興味深かった。最初は、有名な日本橋と歌舞伎座の実物大のレプリカで、とても印象的だった。博物館では、触ったり体験できる展示物がおおくあり、又、模型も精巧で、江戸の歴史から現代の日本までを学ぶのにとても効果的であった。

 私には、昔、大名用に使われた籠のレプリカに乗ったり、火消し組の重い纏(まとい)をまわしたり、水を運ぶ手桶を持ったり、人力車に乗ったり、明治時代の白い電話ボックスに入ったりしたことが、特におもしろかった。これらの展示物は英語でよく説明されており、写真をとることも可能で、博物館をまわることが楽しかった。

 大変残念だったのは、明治時代の建物の多くが1923年の関東大震災で破壊されてしまったことだ。その一つが、浅草に建てられ、日本で最初にエレベーターが付けられた、レンガ造りの塔、凌雲閣だ。破壊される前の写真をもとに作られたレプリカを見て、凌雲閣や当時の壮大な建築様式で作られたビルが永遠に失われ、実物を見ることができないことを悔しくおもった。

 博物館の5階、6階を歩き回った後、有名な商店街、上野、アメ横に向かった。

アメ横

 アメ横はとても活き活きとした賑やかな長い商店街。商店街には、衣料品、靴、バッグ、傘、お土産、和菓子、トルコのケバブ、たこやき、果物、野菜、魚等、様々のお店が並んでいた。
又、多くのゲームセンターがあり、若者達の人気のスポットになっている。平日だったが買い物をする人やたこやきを食べる人、そして観光客で混雑していた。アメ横の雰囲気は、全てにおいて、その前に訪れた、軍隊のように厳しい相撲部屋や静かな雰囲気の博物館とは対照的であった。


 今回の東京の旅では、日本の最も歴史のあるスポーツ、相撲を見ることができた。又、相撲博物館を訪問することで、相撲に関する歴史、ルールを知る事ができた。江戸東京博物館では、触ったり体験することができ、又、主要な展示物に英語の説明があり理解しやすく、日本の過去から現在までの歴史も学べ、とてもおもしろかった。又、アメ横の活気あふれる商店街の雰囲気は素晴らしかった。パイナップルの串刺しを食べた事で一日の旅をしめくくることができ、とても満足した。


以上



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