はじめに

日本政府はビジット・ジャパン・キャンペーン(VJC)の名の下に、外国人旅行者訪日促進運動を行っています。 
数字目標として2010年まで1,000万人の訪日外人を得ることです。因みにCY2006年では約733万人の実績を数えています。

日航財団は日本政府が重点市場として指定した地域12カ国中、毎年7カ国から夏季留学生を受け入れ、同3カ国より大学生の企業研修生を1年単位で受け入れています。
当財団として上記促進運動に呼応しつつ、ツーリズム研究の一環として、これら留学生あるいは研修生の目を通して「日本の観光資源」を調査、紹介していくこととします。
(隅田 信、坂本 憲昭)


第一回の調査として3名の研修生(Ms. Areum Yoon , Ms. Ying Sun, Mr. Gregory Brown) の希望でありました「東京下町巡り」を実施しました。
中韓豪の若者の眼に下町がどう写ったでしょうか? 

日時:2007年3月8日(木)09:30-17:00 (実質所要時間8時間)
天候:晴れ
場所:浅草、巣鴨のとげぬき地蔵、雑司が谷鬼子母神、早稲田大学界隈、神楽坂
ルート: 
浅草 → 三ノ輪 (台東区バス)
三ノ輪 → 庚申塚 (都電荒川線)
大塚 → 雑司が谷(都電荒川線)
雑司が谷 → 早稲田 (都電荒川線)
早稲田 → 神楽坂 (地下鉄)
神楽坂 → 飯田橋 (徒歩)


研修生プロフィール

名前:ユン アルム
出身国:韓国 / ソウル
大学:梨花女子大学 専攻:物理
滞日暦:9ヶ月
日本の印象:静かでキレイ。
趣味:バラエティー番組でお笑いを観ること
将来の目標:探しています。
名前:ソン エイ
出身国:中国/天津
大学と学部名:北京外国語大学 日本語学部
滞日暦:4ヶ月
日本の印象:日本は住みやすいところで、日本人は勤勉で、世の中のものを大切にする民族です。
趣味:クラシック音楽鑑賞
将来の目標:日本語をいかして就職したいことです。
名前:グレゴリ-・ブラウン
出身国:オーストラリア/シドニー
大学:マッコリ-大学、日本語学部/法律学部
滞日暦:1ヶ月
日本の印象:西洋と東洋の文化が入り混じり、それをばねにして、独自の文化を作り上げた国。
東京は人が多く、まさに「眠らぬ大都市」である。
趣味:運動、読書、音楽鑑賞
将来の目標等:将来は日本語と英語を両方活用し、外交関係・国際交流などの分野の職に つきたいと思っている。


下町巡り

ユン・アルム

1.浅草

集合時間だった午前9時半、雷門の前はすでに観光客で賑わっていた。人が多いところは苦手な上、朝から待ち合わせのトラブルもあったので最初は不安でいっぱいだった。しかしそう思った直後、雷門の前にいた人力車を引くお兄さんの爽やかな笑顔とお世辞ですぐ気分は晴れていた。単純な自分に感謝しながら一人浅草散策を始めた。 
メイン通りは後で見ることにして、まずは裏道を回ることにした。最初はまだ時間が早かったせいかまだ閉まっている店が多かった。メイン通りとは対照的に地元の人が何人か歩いているだけの静かな道だった。しかし散策から30分くらいが過ぎてからはほとんどの店が始まり、人々も徐々に多くなった。裏道で一番印象に残っているのは婦人服のお店だった。若い人にお金を払って着てくださいと言われても、断られそうなものが大半で、ある意味楽しいアイショッピングになった。今はほとんど無くなった韓国の市場と雰囲気が似ていたので、そこを思い出しながら歩く楽しみもあった。

雷門から浅草寺に続く仲見世通りに出た瞬間、あまりにも多い人々を前に目眩がするのを感じた。そこはアメリカ、ヨーロッパ、アジアなど一瞬自分がどこにいるのかも忘れてしまいそうなくらい、いろんな国の人がいた。すれ違った韓国人は若い女性か家族連れがほとんどだった。  面白いことがあった。それはお土産店の前で韓国の人が「一番日本的なものは何だろう」とみんなで悩んでいる姿だった。外国の人は浅草で日本らしい、正しくは昔の日本らしさを求めているようだった。現に「闘魂」や「神風」と書いているTシャツや日本刀を売っている店でそれらを買う外国人の姿も少なくなかった。ついさっきすれ違っていた日本人が「これを日本だと思われても困るよね」ということを思い出した。

因みに、韓国人が何を買ったのか見ていたら、招き猫とか携帯のストラップが多かった。中には、人形焼を頬張りながら歩いている人もいた。 浅草寺は韓国にある数多い寺と似ているので、韓国からの観光客のお目当ては多分ここの仲見世に並んでいるお店だと思った。でも、お寺の周りにあるおみくじは日本独特の文化だったので、みんな珍しそうに日本人がおみくじを引いている光景を見ていた。

2.巣鴨 / とげぬき地蔵

浅草を後にした私達は台東区循環バス「めぐりん」に乗った。通常のバスより小さく、下町を思わせる色と形をしていた。観光バスに乗っている気分で下町の風景を楽しんだ後、今度は都電荒川線に乗り換えた。都電に乗ると今まで一度も乗ったこともないのに懐かしさを感じた。(韓国にも昔都電があり、それを写真で見たことがある。)最初は少なかった乗客数も進むに連れ、立っている人が多くなってきた。
庚申塚駅で都電を降りた後、次の目的地であるとげぬき地蔵に徒歩で向かった。とげぬき地蔵のある巣鴨は「おばあさんたちの原宿」らしく、おばあさんたちで賑わう街だった。しかし本当の原宿とは違ってどこか落ち着いてのんびりした感じだった。  まるでここだけ時間が遅く流れていく気がした。 そして人形焼き、おだんご、お煎餅など、浅草にもあった日本固有の食べ物がここにもずらりと並んでいた。浅草が観光客向けだとしたらここは地元の人やお年より向けの感じだった。 本物の「とげぬき地蔵」は参拝者には非公開らしく、私が見られたのは「洗い観音」だけだった。

3.鬼子母神/早稲田大学

また都電に乗って今度は「鬼子母神」に向かった。都電から降りると、少し昔のドラマに出てきそうな並木が並んでいる静かな道があった。道に沿って歩くと、すぐ「鬼子母神」が見えた。 正直、神社自体より周りの風景の美しさがもっと印象に残る場所だった。 日本はどこに行っても神社がある気がした。そしてどこの神社に行ってもおみくじが結ばれているのを目にすることが出来た。朝のTVのワイドショー番組に星座占いや血液型占いが出てくる理由が少し分かるような気がした。
そして次の目的地は都電の終電である早稲田だった。まだ大学は休みだったので、いるのはほとんど黒のスーツを着た就職活動中の学生だけだった。校内は居心地の良い広さだったので、ゆっくり歩きながら散策した。
早稲田大学の象徴でもある大隈重信像の前で写真を取ったあと、地下鉄に乗って神楽坂に向かった。

4.神楽坂

普段、日本人の友達と食事によく行く場所なので、今回は自分が楽しむより誰かに紹介するならどこのお店がいいのかなどを考えながら歩くことにした。神楽坂の狭い裏道はまるで宮崎駿監督の映画「猫の恩返し」に出てきそうな不思議の国と似ている場所だった。狭い道を挟んでしもた屋のように見えるお店がずっと並んでいた。たまに雰囲気のいい、美味しいクレープがあるカフェーを見つけて嬉しくなる、私にとっては日常の中で小さな冒険ができる楽しい街でもあるので、今回の散策の時もドキドキする気持ちは相変わらずだった。

そして神楽坂は在日フランス人が多く、またフランスで修行した日本人シェフがこぞって店を開く場所でも有名である。ここでのフレンチレストランは20軒を超えるという。ディナーのフルコースは高いところが多いが、ランチには手ごろな値段で美味しいフレンチを楽しめるお店がたくさんある。日本のフレンチはフランスとも、また韓国とも違うので友達にはぜひ紹介したい場所だ。 今でも芸者さんのいるこの界隈には匂袋や御香などの専門店があるので、どこも一緒の物を売っている観光スポットとは違ってレアなお土産が買えるので利点もある。
以上


東京下町の旅

ソン・エイ

国際都市としてファッション、スピード、便利さ等の特質が東京には備わっています。特に、銀座や新宿といった地域ではそれらが集中していますので、そこに行くと大都会、東京の息吹を簡単に味わうことができます。しかし、日本の文化をより深く理解したいなら、庶民の町へ行って、色々な体験したほうが良いと思います。先週の木曜日の一日、私達、研修生は東京の下町を巡ってきました。

1.浅草

浅草は有名な観光地としてよく知られています。中国でも雷門の写真など、インターネットでダウンロードし、簡単に見ることが出来ます。実際に来て見ると、世界各地から観光客が来ているのを目にします。今回の印象では、中国人のお客様の数が一番多いと感じました。中国にも様々なお寺がたくさんあります。いったい、どんな理由でわざわざ遠いところから、人々は来るのでしょうか?  団体客だったのでツアーの一部に組み込まれていたのでしょう。少林寺を始めとする中国の有名なお寺もそうですが、地域が持っている歴史的な、文化的な価値が世界各国から人々を集めているのでしょう。

浅草について、ウィキペディアで少し調べてみました。「浅草」という名前は、中国では金の時代にあたる鎌倉時代の歴史書「吾妻鏡」に出て来ます。ここの中心、浅草寺は、江戸時代に徳川家から祈願寺に指定されたこともあり、有数の観音霊場として栄えました。この関係で仲見世が発展し、見世物小屋などが進出、大娯楽街となっていました。明治後も映画館や演劇場が繁栄し、昭和初期では浅草オペラをはじめとした大衆文化の中心となったそうです。「雷門」と書いてある大きな赤いちょうちんがある場所が浅草寺の入り口です。記念写真をとる場所です。ここの北西に日本では、京都の東寺に次ぐ高さを誇る五重の塔があります。

この塔は1648年に建立され、1923年の関東大震災の時でも倒壊しなかった頑健なものでした。それでも1945年の東京空襲では焼失してしまい、現在の建物は1973年に再建されたものです。この建物の完璧さ、科学性、オリジナリティーに富んでいるデザインは訪問者を感動させます。お寺の近くにある浅草神社は形が優美で、彫刻が精巧で美しいものです。

浅草の印象です。日本のお寺の近くにはよく神社が建ててあります。この現象は外来文化仏教と日本伝統文化神道との結びつきのように思えます。浅草寺公園は、典型的な日本の庭のスタイルであり、中の小山あり水ありの風景は東洋風のあっさりした上品さに満ちています。池にいる鯉や庭に植えている草木等は観音寺や五重塔とあわせて、静謐の中に息づいているようでした。お寺の前にある仲見世は、賑やかな町で、お土産を売っているお店がたくさんあります。ここでは日本語と英語と中国語と韓国語の4ヶ国語で書いた看板をよく見ます。流れている案内放送も四カ国語でした。外国からの旅行者にはとても親切です。
浅草周辺の通りには、灰色と黒色の江戸風の壁がありました。様々な商店がそこに集まっています。六区通りは、映画館、劇場等があり日本のブロートウェイと呼ばれているそうです。これらの前では外で並んで開演するのを待つ人がいました。この界隈では町の本来の風格を保つつもりがあっても、現代施設やゲームセンターやコンビニの姿があちこちに見えるのです。ちょっと違和感があるかもしれませんが、しょうがないことだと思います。続けて歩くと、ちょっと離れたところに吾妻橋が見えます。その上に立つと、隅田川からの穏やかな風に頬をなでられ、なんともいえないいい気持ちになります。アサヒビール本社ビルもランドマークとして認知されつつあり、そこから見える鉄橋を電車が忙しく走っていきました。時代がそのように絶え間なく進歩するものだとみんなに告げているようでした。

2.都電荒川線沿線(三ノ輪橋から早稲田まで)

都電利用は、今回の旅のポイントの一つでした。浅草駅から三ノ輪橋(都電のスタートのステーション)までは、100円の循環バス(めぐりん)が利用できて、15分ごとに来るので、とても便利です。循環バスの形も可愛かったです。
バスを降りて、三ノ輪橋ステーションを見つけられませんでしたが、近くのの店員さんに尋ねたら、すぐ分かりました。荒川線は、1960年代、都電廃止の流れの中で、沿線住民、都民からの存続要望に応じて残されたと言われています。東京都内でも独特な景色になっています。(このような電車は中国では大連にありますが、めったに見られないものです。)電車には運転手さん一人だけいます。運転手さんは料金徴収の仕事もかねています。運賃は大人が160円で、子供が80円です。一日乗車券が大人400円、子供200円です。これは、時間がある限り、全線どの駅でも乗降できます。ステーションとステーションとの距離が短くて、この駅から次の駅が見えますから、迷子になる心配もありません。沿線の風景を満喫して、都市の騒がしさと緊張したテンポが全然なくて、のんびりした生活の息吹が感じられました。都電が走る通りは、時には狭くなって、時には広くなりました。沿線の建物が、迫ってきたり、離れたりしていきました。車窓から見る日本の町はとてもきれいで、静か、通行人が少ない気がしました。これは、地下鉄が大変発達しているゆえでしょうか?みんな、地下にいるからでしょうか?


3.とげぬき地蔵と鬼子母神

日本人は信仰心が篤いのでしょうか?お寺や神社が多いです。今回は四箇所の神社仏閣へ行きました。その中に、巣鴨地蔵通りにある「高岩寺」(とげぬき地蔵)と鬼子母神前駅近くの「鬼子母神堂」が印象深いものでした。前者はとげぬき伝説(註)のせいか参拝者が多くて、賑やかでした。
一方、後者はうっそうとした木々の中、境内全体も大きく、静謐で神秘的な雰囲気でした。 巣鴨地蔵通り商店街周辺は、「おばあちゃんの原宿」と言われているそうですが、本当に多くの高齢者の人々で賑わっていました。街並みは古風で質素であり、飲食店、カフェーもいっぱいありました。赤い下着が健康にいいそうで、みんなに好まれていると言われています。(本当でしょうか?)中国では赤色が魔を除ける色と言います。同工異曲の妙と言えるのではないでしょうか。鬼子母神も高岩寺も何れも周囲の環境と調和している印象でした。これが日本なのでしょう。

註:ウィキペディアによると、江戸時代、武士の田付又四郎が、夢枕に立った地蔵観音のお告げにより地蔵尊の姿を描いた紙を川に流すと、妻の病が回復したことが御影の始まりであるとされます。後に、毛利家の女中が針を誤飲、御影を飲み込んだ所、針を吐き出すことが出来たという逸話でとげぬきの言葉がつかわれました。更に、そこから他の病気の治癒改善にも利益があるとされ、現在に到るまでその利益を求めて高齢者を中心に参拝者が絶えないのです。

4.都電の最後のステーション早稲田駅

都電の早稲田駅から徒歩で10分位のところに、日本でも有数の私立大学、早稲田大学のキャンパスがあります。この大学の建物は、荘厳で優雅です。中にはこの大学の創始者―大隈重信―の彫像が、キャンパスの中央に立っていました。ずっとこの大学の発展を見ているかのようでした。ここのキャンパス内の桜は早めに春のメッセージを受け取ったようで、他のところより早めに咲いていました。早春の桜は新学期の始まりを促しているのでしょうか?

5.早稲田から地下鉄で隣駅の神楽坂に来ました。
東京では多く坂道がありますが、中国の大都市ではあまり見えない景色です。

神楽坂で、面白かった所の一つは大通りが「逆転式一方通行」の形を採用していたことです。自動車などの進行方向が午前と午後で逆転することです。  又 東京という大都市の鉄筋コンクリートの建物を見慣れた私達にとっては、ここの大通りの裏側は、中国でいう羊腸の小径と少し似ているコチョコチョした径でした。探検することが楽しい裏道でした。特別な風情があります。高級な日本料理店が、そこにたくさん隠れています。のれんやその場所など、まるで恥ずかしがり屋の少女が自分を理解する人を待っているようでした。日本特有の優雅と美しさが現れているような気がしました。このあたりには、飲食店が多くて、私達が選んだ店は、復古風に飾っていました。軽やかなメロディーが流れていて、みんなは気軽に言葉を交わしていました。どの店も、自分の物語を語っています。

神楽坂を下りきり、外堀通りを越して、飯田橋駅に向うあたりで楽しい風景に出会いました。堀にかかっている橋下のさらさらと流れる水の音は心を和ませてくれました。堀端に植えてある桜はつぼみもありませんでした。満開の時にまたおいでと言っているようでした。また、ここではペルーから来た人が、ギターでアンデス音楽の生演奏していました。思いがけない南米の風情に出会いました。

今回の下町巡りで最も印象に残ったのが神楽坂でした。
以上

東京下町ツアー

グレッグ・ブラウン

3月8日に日航財団での仕事の一環として、東京の下町へ財団研修生全員一緒に行った。自分自身の目で町並みを見ながら、オーストラリアの一般の観光客にとってこの「東京の下町」とは面白いものかどうかを確かめた。

1.地下鉄/交通機関

東京都内の交通機関は非常に発達しており、大変便利である。特に地下鉄は頻繁に来る上、ほとんどの場合には時刻表どおりに来る。又、標識が至る所にあり、英語でも表示していたため、来日二週間の僕でも、迷わずに目的地に到着できた。これは日本語が読めないオーストラリア人の観光客にとって東京見物をすることに対する不安を和らげるものではないかと思う

2.浅草

浅草は有名な観光地であるだけに外国の観光客のためにあるものが多い。例えば、アナウンスメントなどは日本語、中国語、韓国語、英語の四ヶ国語で行われている。雷門前は東京に来る観光客が一番写真をとる場所だというが、確かに立派なものである。又、浅草寺も東京都内の一番古いお寺と云われているが、見る価値は十分ある。

個人的には、浅草寺や雷門よりも仲見世や横道を見るのが楽しかった。お土産物やもあれば、食べ物屋もあり、焼きたてのお煎餅、しょう油、甘酒などのにおいが心地よく交じり合っていた。又、歩いていると、劇場や馬券売り場が見られて、日本の下町文化に触れることができたような気がした。浅草はオーストラリア人の抱く典型的な「日本」のイメージに合致する町である。これからもこの「日本っぽさ」は外国人観光客を引き付けると思う。

3.都電

都電荒川線は下町の風景を概観できるうえ、家の間や車が走る道路に線路があるので、とてもユニークな体験になった。下町の第一印象は「ごちゃごちゃしている」ということだった。オーストラリアにはこのような古く、且つ個性的な町はないので、見ているだけで楽しめた。浅草が典型的な観光コースなら、この都電は地元の人が主に使う交通手段だろう。そのため、英語で言う "The road less taken"(「あまり行かない道」)を選びたい観光客には魅力的なものだろう。

4.とげぬき地蔵/「おばあちゃんの原宿」/鬼子母神

都電荒川線の庚申塚駅から、歩いていける巣鴨にある高岩寺(とげぬき地蔵)と鬼子母神前駅から行く鬼子母神神社は日本の伝統的な宗教文化を学ぶいい機会になった。浅草寺のような大きく、盛大なお寺に比べて、この二つの場所は「地元のもの」という感じがした。又、「おばあちゃんの原宿」という別名を持つ巣鴨の町は東京の多様性を示した。東京は若者の町だけではない。このような町を歩いてみるのも新鮮な面白さがあった。

但し、オーストラリア人の観光客でこの三つの場所にそれほど行きたがる人は多くはないのではないだろうか?時間に余裕がある観光客、又は神社・仏閣に興味がある人には良い場所かもしれない。

5.神楽坂

最後に訪れた神楽坂は「高級下町」という印象が強かった。それまで見てきた下町に似ているものの、建物や店などの雰囲気から神楽坂は楽しむためにある町だということが分かった。ここは、大通りではなく横道が興味深かった。横道にはいろいろな店や飲み屋があり、角を曲がるたびに何があるのかが楽しみだった。又、神楽坂は夜に行くべき所だと思うので、コースの最後に行くにはパーフェクトな場所だった。オーストラリアからの観光客も神楽坂は夜に行けば楽しめるのではないかと思う。神楽坂は今でも芸者が居る町であることにも観光客は関心を持つだろう。

特に最近は "Memoirs of a Geisha"(日本では「SAYURI」)という映画が流行っているので「芸者が居る町」として神楽坂を宣伝するのは効果的だろう。

今日行った場所は観光的なところもあれば、普通には行かないところもあった。東京の下町の様々な面を見ることができた。又、一日を有効的に使えたと思うので、この先家族や知人に東京を案内する際にはこのコースを利用したいと思う。 

浅草の雷門集合、最後はJR飯田橋駅で解散したが、この間の交通費は循環バス、都電、地下鉄合わせて660円、昼食は浅草で500円のチャンポンを食べた。東京の下町を8時間で巡って1160円は安いと思った。
以上


その他 お気に入りの写真

編集後記

三人の報告を読み、負けじに、一句。

英中韓響く仲見世春近し
線香の煙る地蔵や春の中
春の午後一人そぞろに神楽坂 (TN)

三人とも素晴らしい「日本語作文能力」です。この年頃に、この位の「英語の作文能力」があったらと思う反面、日本にこんなに磁力があったのかとも思いました。(NS)

「羊腸の小径」が「滝廉太郎の「箱根八里」の第一章に謡われていることも忘れていました。(MS)