石川県白山市冬紀行(2009年2月12日~2月14日)


 日航財団と石川県金沢市ならびに白山市とは、毎年夏実施している「JALスカラシッププログラム」を通じてこれまで深い絆を培ってまいりました。そのご縁で白山市教育委員会より白峰の「雪だるま祭り」のご紹介をいただき、日航財団に来ている韓国と中国からの研修生が冬の白山市を訪問しました。彼女達の新鮮な感覚で触れた日本の地方文化の取材レポートを以下にご紹介いたします。
今回の取材では、白山市教育委員会、「東二口地区文弥人形浄瑠璃・でくの舞」保存会、「千代女の里俳句館」の皆様に、心温まる歓迎を受け大変お世話になりました。心から感謝を申し上げます。 二人の外国からの研修生にとって、温かい日本の心に触れたこの旅が、日本を理解する上で、大変良い経験になったことと存じます。
また、白山市の「千代女の里俳句館」では、「世界のHAIKU」コーナーに展示されている日航財団主催の「世界子供ハイク」も見学させていただきました。白山市のご理解とご協力に重ねて感謝申し上げます。                  (日航財団 小川記)

 

心ぽかぽか、白峰への旅

     朴 宣姫(韓国)

今回の雪だるま祭りを取材しに行ったところは石川県白山市の白峰。去年の夏、私は日航財団のスカラシップで石川県に来た事がある。二回目だったからか小松空港に着いた時、私は親しみを感じた。いつも賑やかな東京の羽田空港とは全く違う雰囲気。静かで落ち着いている素朴なここの穏やかな感じが私は好きだ。到着ロビーには去年の夏、御世話になった白山市教育委員会の方がわざわざ私たちを迎えに来てくださっていた。
雪だるま祭りが開かれる白峰は小松空港から車でおよそ1時間かかる山の中にある。我々は田舎の風景を楽しみながら目的地に向かった。白山はもともと雪が多く降る所で、一メーター以上積もる事が一般的らしいが、今年は残念ながら気温が平均より高くなって雪がいつものように降らなかったらしい。確かに暖かい! 寒いと思ってブーツや厚いコートを着て来た自分がおかしく思えるほど暖かかった。それで雪だるま祭りのために山の方から雪を運んで来ているという事を聞いて私はびっくりした。韓国には雪だるま祭りなんてないし、あるとしても祭りのために雪を他のところから運んでくる事は想像もできない。やはり日本は祭りに対しての思いが強い。これは日本の文化のなかで私がうらやましく思っている事の一つである。
白峰に行く途中、いつの間にか昼食の時間になった。この辺はおそばの畑が多い。きっとおそばが有名だと思って私はおそばを選んだ。絵のような美しい風景を見ながら食べるとさらに美味さが増した。このまま時間が止まって欲しいと思うぐらいゆったりとした気持ちになっていると、目の前にとても大きい木が見えた。一本の木ではあるが大きさは10本の木が集まったくらい!まさに巨大な木である。その樹形が仏様に御供えする‘おぼくさま’のように見えることから、‘御仏供杉’と呼ばれるようになったこの木は昭和十三年に国指定天然記念物に指定されたようだ。あまりにも大きくて、まさに木の中に神様がいるようにも見える。私たちはしばらくその木の前にたって‘すごいな’と感嘆し続けた。
やっと白峰の村に着いたのは午後4時ぐらい。地元の方々は今年は雪が少ないので残念がっておられたが、このくらいでも私にとっては多い方。白峰に着くまでの山の道に積もっていた雪を見ただけで、まるで生まれてはじめて雪を見る人みたいに“雪だ~”と言い続けた。考えてみると、私はこの数年間、雪が降る寒い冬の時期には暖かい国で過ごしていた。たしかに8年ぐらい前に北海道で見た雪が最後で、白い冬に出会ったことがない。また、雪だるまを作ったことも小学生の頃が最後。白峰にすでにもう作ってあった雪だるまは見るだけで私を笑わせた。ここで見つけた驚いた事の一つ!雪だるまの形をバケツに入れて作ることだ。こんなに簡単なやり方があったのだ~。私の記憶では、幼い頃、雪だるまを作るのに大変苦労した経験がある。寒い中、大きな雪だるまを作るために最初は小さい玉から始め、それを雪が積もっている野原で転がす。寒い手をもみながら大きい玉になるまで我慢する。しかしここでは私の原始的な作り方とは違って頭を使い便利なやり方で作っていることを見習った。実際の祭りは次の日なのにみんな1日前から頑張っていた。私ちも宿の前に雪だるまを作ることにしたが、なかなかかわいい雪だるまを作ることは難しい。完成したと思って見てみると、雪だるまなのか何だろうかわからない形になっている。丸くしようとしていたはずなのに…すでに作ってあった雪だるまには色々な材料を使って目や鼻、口などを貼った。そうすると笑っている表情や泣いている表情などいろいろな表情ができて非常に面白くなった。
時間が過ぎていく事も忘れて雪だるま作りに熱心になっている間に、夕食の時間になった。日本旅館の食事はいつも楽しみである。世界でこんなにいっぱいのおかずがきれいに出るところは日本だけだと思う。宿の目の前にある温泉からは暖かそうな煙が出ている。まるで、食事の次は温泉だよと私たちを誘っているようだ。去年11月に新しくオープンした白峰温泉総湯は広くてサウナや露天風呂もある非常に評判がいい温泉だそうだ。村の中心にあって村人からもかなり人気の温泉。温泉のお湯は透明で肌がつるつるになる効果がある。まさにパラダイスのようだった。
雪だるま祭りの当日。朝からみんな忙しいようだ。午後3時から始まる祭りのためにみんな大変忙しそうだ。残念ながら前日の夜降った雨と強い風のせいで、作って置いた雪だるまは、可哀相なことに、解けたり、飾りが風で飛んだりしていた。私たちはお祭りが始まる前まで、近所のお寺と織物の工房に行ってきた。林西寺はとても立派なお寺で、江戸時代に建てられた所である。中には金でできている仏壇や11年かけて完成した素晴らしい五つの竜の長い木彫りもあった。お寺の隣には白山本地堂というところがあって、そこには八つの仏像が置いてあり、その中には国指定重要文化財となっている銅造十一面観世音菩薩座像もあった。山に囲まれているこの小さな村に、こんなに大切な文化財がある事は素晴らしいと思う。また、その文化財を大事に守っている人々の心も私は尊敬する。織物の工房‘白山工房’では実際に織物を作っている工場も見学できて面白かった。やはり最初から一つの品物に出来上がるまで全部手作りなのでお値段は高い。
お祭りの時間に近づくほど村を訪ねてくる観光客がどんどん増えて来る。家族単位で来ている人々が多いようだ。3時になると路地ごとに屋台みたいなお店が多く開き、子供も大人も年寄りもみんな笑顔で雪だるまを見ながら食べ歩きを始める。あとでわかったのだが、そこで売っていた熊汁は本物の熊で作ったようだ。珍しい名前で飲んでみようかなと思ったが、今考えてみると飲まなくて良かったなとほっとした。日が落ちてくるとさらにもう一つの楽しみが皆を待っていた。それは雪だるまの中に置いてある蝋燭が点灯される事だ。暗くなった村を照らす雪だるまの光はロマンチックそのものだ。雨が降って残念だったが、その光はきっと白峰を訪ねたみんなの気持ちをぽかぽかと暖めてくれたと思う。
2泊3日の予定の中、白峰でのスケジュールはこれでお終い。白峰で食べた美味しいご飯や名物のかた豆腐、また美肌温泉やかわいい雪だるま…こんなに恵まれた山の中の村にいつまた来られるだろうと思うと、もう1日泊まりたいほどだった。
帰り道には、白峰から少し離れている尾口地区の国指定重要無形民俗文化財‘東二口文弥人形浄瑠璃’も見学させていただいて光栄だと思った。元々はその日の夜から公演があるということだったが、特別に私たちのために頼んでくださり、詳しい説明や人形を見せてもらう事ができた。この人形浄瑠璃は350年の伝統を持ち、今まで伝わってきたものである。一番大切なのは、やはり悲しみや喜びを観客と共に感じる事であると思った。問題は、村に若い人がどんどんいなくなって、これからはこの文化財を続けて行く事が難しいという事だ。現在その村に住んでいる人口は全部で38人。その中で70歳以上の方々が22名である。これでは習得するのに10年もかかるこの文化財を続けていくのは難しいだろう。どこの国であっても、最近若者たちが田舎やふるさとに戻らず都市部ばかりに住むようになったため、地方は人口が少なくなり、大変苦労をしているのが現実である。私はこの長い歴史を持つ東二口文弥人形浄瑠璃がどうにか続けられる事を祈る。

最後に訪れたところは松任にある千代女の里俳句館。松任は俳句で有名な千代女が住んでいた町で、この俳句館は彼女を記念するために作られたという。中には彼女が書いた多くの俳句が展示されてあり、俳句についてのやさしい説明もさまざまなデジタルメディアで作られてある。  

 また、江戸時代に韓国と日本の交流があった時、韓国から朝鮮通信士が松任の方に来た事を長い絵巻に書いてある物も見せてもらった。確かに、私も小学校の時習った記憶がある。その絵巻物には、その時代の韓国の大使が国書を持って、何百人の臣下や楽士を連れて長い列を作って来ている様子が書いてあった。日本は韓国の訪問の御礼として千代女の俳句を贈ったということだ。それが理由なのか、韓国にも日本の俳句にとても似ている詩がある。また、韓国人にとって俳句はなんとなく親しい感じがするし、理解しやすい。韓国と日本の交流がその時代にもあった事は素晴らしい。もちろん今も続いてはいるが、これからも仲良く良い関係を保って欲しいなと思った。


田舎はいつ行っても疲れた人の心を穏やかにしてくれる。特にする事がなくても、ゆっくり流れている時間の中で空を見たり、小さな自然の音を聞いたりするだけで気持ちが楽になれる。これはどこの国であっても同じ事だろう。今回私が出会った人々の純粋な心遣いは一生忘れないと思う。もしまたこの地方に行ける機会があったらもっと多くの人たちを連れて行って、そこのぽかぽかとした暖かさを共に味わいたいと思った。

白山市取材レポート

                                  張 碩(中国)

 財団の方と、韓国人の研修生と、三人で白山市へ行ってきた。二泊三日の旅で、いろいろな不思議なことを経験した。とても楽しかった。  

不思議その一――見えない川

    小松空港に着き、車に乗り旅館に向かう途中、ガイドしてくださった白山市教育委員会の方のに驚いた。山まで続くそば畑を指差して、「そこには川が流れていますよ。」とおっしゃったのだ。どう見ても畑だけで、川の影が全然ないと思うと、車が左折して、なんと橋のところにきた。なるほど!ここの川は細くて、とても深い地下のところを流れているのだ。だから横から見えないのだ。両岸は厚い雪に覆われていても、水が流れるのを見るのは初めてだった。私のふるさと(中国・長春)は、冬になると気温がおおよそマイナス15度以下になって、川はすべて凍ってしまうからである。

  不思議その二――林に見える一本の木

 御仏供杉(おぼけすぎ)という樹齢660余年の杉の木で、毎年樹木医者に診てもらって、大切に保護してきた国指定天然記念物である。一本の木とはとても考えられない広さだ。

 

 

不思議その三――雨の中で見た雪だるま祭り

今年は20年ぶりの雪の少ない年で、さらに気温が高くて、最悪の年だと現地で聞いたが、私にとっては、最高の思い出になった。白山市の人々の温かい心に感動したのだ。

旅館に泊まるのは、初めてだったが、親切だし、旅館全体の雰囲気も自分の家にいるようだった。

本題に入ろう。雪だるま祭りは、各家が家族の人数に合わせて玄関の前で雪だる
まを各自のアイディアで作ることである。
20年ぐらい前からの町興しの一環として、続いてきたのだ。町の皆さんは来て下さるお客さんのために、心を込めて、工夫して雪だるまを作ってきた。

私は初めて雪だるまを作ってみた。旅館の人の手伝いと言うより、その人たちのおかげで楽しむことができた。ま ずは雪をバケツに入れて、足で踏んで、しっかりさせる。それからバケツをひっくり返して、雪のかたまりを卸す。これが、雪だるまの「体」になる。その上に、たらいで作った雪のかたまり二つで作った「頭」を乗せる。それから、道具で形を整える。最後に、色紙などで作った目や鼻をつけて、完成だ。私たちがしたのは、主に最後の段階だった。 想像力を発揮して、いろいろな表情の雪だるまを作ってみたが、とても楽しかった。

町を一周したが、とても可愛い雪だるまも、不思議なアイディアもたくさんあった。露天風呂に入るシーンを演じる雪だるまもあるし、結婚式のシーンのもあった。可愛いワンちゃんや今年の干支の牛もあるし、宮崎映画の主人公のポニョもあった。そして、普通に地面に立つ雪だるまのほかに、雪のかまくらの中や、屋根の上に立つのもあるし、吊鉢の中に座るのもあった。さすがに20年も続いた祭りなので、雪だるまを作る工夫がいろいろされてきたと思った。

残念なことに、祭りの前の日に「春一番」が強く吹いて、気温が18度にもあがったので、つくりあげた雪だるまの多くが解けてしまって、目や鼻がずれてしまった。それでも、町の人たちは負けずに、シールで巻いて雪だるまを守ったり、ずれた目や鼻をもう一度つけたり、最初から作り直したりして、最高の雪だるまを見物人見せようとしていた。祭りの本番の日は、雨まで降ったが、可愛い雪だるまを灯した蝋燭の光を見ると、町の人たちの温かい気持ちが感じられ、最高の思い出となった。

 

 

不思議その四――11年かけて彫刻した五つの竜

 150年前に立てられたお寺、林西寺を見学した。本堂の欄間には五つの竜が彫刻されている。どれもこれも生き生きして、いまにも飛んできそうな気がする。説明の方によると、お寺を立てるときに、名匠が11年かけてけや木で作り上げたそうで、本当に美しいものだった。

不思議その五――手作業で造る牛首紬(うしくびつむぎ)

 白山工房という織りの資料館を見学した。蚕の繭の種類 や、機械のサンプルや、織りの歴史や、牛首紬で作った作品が展示されているほかに、従業員がその場で紬を作る作業を見学することができた。お湯の中に入れられた繭から糸を作ることも、各色の糸で紬を作ることも見たことがないので、勉強になった。  

不思議その六――人形浄瑠璃のステージの裏

 文弥人形浄瑠璃は三百年前から伝えられているそうだ。今回はその稽古の場面を見学させてもらった。「でくの舞保存会」会長が人形の構成や、舞のやり方などを詳しく説明してくださった。そして、私たちは舞台で使う本物の人形を手に持って写真を取ったり、ステージに上がって、たくさんの人形をよく観察したりすることができて、とても勉強になった。普通にはなかなかできない貴重な経験だった。

 

 

 

 

 

不思議その七――体で体験する俳句

 松任(まっとう)は有名な女流俳人千代女のふるさとで、「千代女の里俳句館」が建てられている。そこには、各国語の音声ガイドのほかに、俳句を実際に体験できる設備がたくさんあった。例えば、竹に囲まれて、砂の上に置いた石椅子に座って、流水の音や、カエルの鳴き声などを聞きながら、千代女の俳句を詠む設備や、ソファーでリラックスして画像を見ながら、音楽と共に流れてくる俳句を聞く設備がある。他にもたくさんあり、文字を見るだけでなく、いろいろな感覚で俳句を体験することができるようになっていた。

 

 

 

 

不思議その八――大金をかけて名石を集めた庭園

俳句館へ隣接している「松任ふるさと館」には、きれいな日本庭園がある。そんなに広くはないが、景色がとても美しい。庭には、全国から集められた様々な色の有名な大きい石が置いてあった。また、加賀藩はとても豊かな藩で、当時の朝鮮からも通信史が来て、文化交流 をしたそうで、俳句館の中には、当時の様子を描いている「朝鮮通信史」というとても面白い絵巻物が展示されていた。尚、加賀藩はお礼として千代女の俳句を贈ったそうだ。

 

  今度の旅は、とてもいい思い出になった。総じて、白山市は不思議なものがたくさんあり、誰が行っても新しい発見ができるような魅力のあるところだと思う。(以上)