新大気観測プロジェクトで開発され、新たな航空機に搭載された2種類の大気観測装置から得られた観測データは、どのように利用されるのでしょうか。
自動大気サンプリング装置 (ASE) で採取された大気は、国立環境研究所に持ち込まれ、各大気成分の濃度や安定同位体比の測定が行われます。 ASEは、観測地点の大気全成分を容器に採取した後、研究室内で高精度の分析装置を用いて濃度測定を行うため、多種目に及ぶ大気成分の分析が可能となる利点がある一方で、機体への搭載⇒大気採取⇒機体からの取り外し⇒測定というサイクルを辿るので、月間 2 回程度の限られた観測頻度となります。
一方、CME は一旦機体に搭載されると、標準ガスの消費量や乾燥剤の交換などを考慮して定められた期間を通じ、毎便現場での直接測定を行い、その結果をメモリーに蓄積しておき、その後機体から取り外された時点で、データをまとめてダウンロードすることができます。 したがって、5機体制でフルに運航が行われると、年間約1,500便の観測データが得られることとなります。
現在、これらの測器から得られる観測データの具体的な利用のされ方とデータの提供・公開方法、時期につき検討中ですが、本項では、そのいくつかをご紹介しましょう。
近年、地球温暖化について、将来の予測を行うための諸研究が盛んに行われています。 いわゆる「気候変動予測」研究と呼ばれているものです。 気候変動を正確に且つ迅速に予測するためには、「観測」、「気候モデル」、「コンピュータ」という三位一体の充実が不可欠です。
「気候モデル」は、大気や海洋の運動や、水の相変化(気体、液体、固体)などを、流体力学や熱力学といった物理法則に基づいた方程式として、時間発展問題として解くためのコンピュータプログラムです。
似たようなものに天気予報がありますが、積分時間の短い天気予報とは異なり、気候モデルを使用し、向こう100年間という気の遠くなるような計算を精密に行うためには、超高速度で計算ができる「コンピュータ」が必要となるため、地球気候に影響を及ぼすものの、その影響が間接的で軽微である要素は、単純化されて与えられてきました。
しかし、近年のコンピュータ技術の目覚しい発展により、地球シミュレータなどのスパコンが登場し、気候モデルは、これまでの大気海洋中心の流体力学モデルから、大気化学や物質循環など、より広範なプロセスを含んだ、統合地球環境モデルへと急速に進化しつつあります。
その中で、温室効果ガスの代表である、CO2 の量は、比較的一様であるため外部変数として与えられてきましたが、精度の良い気候モデルを構築するためには、CO2 やメタンを構成する元素である「炭素(C)」が、海洋・大気・陸域 (土壌、植生など) の間をどのように循環しているのか、いわゆる「炭素収支(循環)」を解明し、正確にシミュレートしてモデルに取り込む必要があります。
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| 地球表層における炭素循環概念図 (単位はギガトン, 出典UK MET Office) |
気候モデルへの取り込みと地球温暖化予測 (出典:地球環境フロンティア研究センター) | |||
| 炭素循環の解明と地球温暖化予測 | ||||
そのためには、大気中の温室効果ガス (特に CO2 ) の時間・空間変動を地球規模で詳細に把握するための「観測」が極めて重要であり、観測により得られたデータを大気輸送モデルを用いて解析することにより放出源・消滅源の強度変動を求めることが可能となり、循環のメカニズムを明らかにすることができます。
温室効果ガスの観測は、1958年ハワイのマウナロアで開始され、今日では世界の100地点以上で行われています。(CO2 濃度の観測網を参照)
近年、3次元的変動を把握するため、商船や航空機、大気球を用いた観測も一部で行われるようになってきていますが、主流は地上観測であり、東南アジア、南アメリカ、南アフリカ、シベリアなどは地理的な制約により、観測の空白域といわれています。

観測空白域(緑の大きな○部分)
したがって、航空機を使用した上空からの観測が強化されれば、炭素収支の全球的な評価がより正確となり、温暖化予測の精度向上に大きく寄与できると考えられています。
今回新たに開発された CME が搭載される航空機は、主に国際線定期便として運航されます。 運航する路線としては、特に観測空白域の一つである東南アジア路線への投入頻度が高いことが想定され、その地域での観測回数が増大するとともに、CME による連続的な観測により、観測データの密度も大幅に向上するものと期待されています。
また、新観測計画と同様の観測が世界中で展開されると、CO2 収支の分布を、時間的にも空間的にも高い分解能で推定でき、地域別の放出量が正確に把握できるため、京都議定書の実効の一助となるものと期待されています。
さらに、CME で観測された三次元データは、2008年に日米で打ち上げが予定されている、温室効果ガス観測技術衛星 (GOSAT, OCO) により得られるデータ(衛星-地表間の温室効果ガスの総量が観測できる) の検証にも活用できるものと考えられています。
大気中のCO2 濃度に関する観測データから、CO2 の地域的な放出量と吸収量をより正確に推定することが出来ます。
このためには、現在、世界中で盛んに研究されている、「逆問題解法」という手法(逆解析・インバース法とも言う)が用いられます。
この手法を用いた研究では、近年性能の向上が著しいスーパーコンピュータを駆使し、入力データとして、CO2 などの濃度分布を与え、物質輸送モデルを用いた数値計算によって、CO2 収支の地域分布を推定します。 また、世界の各機関の物質輸送モデルを用いて同じ条件で計算を行い相互比較することにより、モデル間の誤差を評価し、信頼性を高める研究が行われていますが、それには観測データそのものの質と量を確保することが重要です。
![]() 逆解析による地域的な放出・吸収量の推定 (出典:気象庁) |
「逆問題解法」を用いて、CO2 の放出域と吸収域、およびその強さをより高精度で推定する(不確定性を減少させる)ためには、温室効果ガス濃度の「鉛直分布」を観測したデータを利用することが極めて重要です。 この観点から、航空機の上昇・下降中にも連続してデータを取得できる CME は非常に有効といえます。
一方、温室効果ガスには、CO2 以外にも、一酸化二窒素やハロカーボン類(いわゆるフロン)もあり、これらについても連続的に測定したいところですが、現時点では、CO2 以外の温室効果ガスを限られた重量やサイズで自動的かつ連続的に測定する技術が確立されていません。
また、CO2 に含まれる炭素や酸素の安定同位体比は、海洋や陸域での吸収量の割合を推定するのに重要な役割を果たします。 さらに、 CO などはバイオマス燃焼(植物の燃焼)の影響を考察する時の良い指標となります。 しかし、このような成分についても、現時点では、小型軽量かつ連続的に測定する技術がありません。
したがって、CME は CO2 の濃度測定に特化させ、それら以外の温室効果ガスについては、ASE によって採取した大気を地上に持ち帰り、研究室内で分析することにしています。 研究室内で分析を行う方法の利点としては、様々な高精度の分析装置を使用できる、多種目の分析が可能である、濃度だけでなく同位体比の分析が可能であるといったことが上げられ、総合的・包括的な大気成分の解析には、ASE は重要な役割を果たしています。 温室効果ガスを含め大気組成の変動と気候変動は互いに作用を及ぼしあい、フィードバックをもたらしているため、その変動予測の研究も盛んに行われています。
ASE により採取された大気成分の解析は、従来、CO2, CO, CH4 の3種類でしたが、新体制では、その他、H2, N2O, SF6 それにCO2 の安定同位体比、12C/13C, 16O/18O の解析も行われることになっています。
また、これら2種類の測器を併用することによる付随的な効果として、CME で測定された CO2 濃度を、ASE によって測定された CO2 濃度と相互比較することによって、両測器の精度や信頼性を確認することも可能となります。
ASE は任意の12地点で大気がサンプリングできるので、従来のタイマー制御よりも、よりきめ細かな設定が可能です。また、CME は離陸後観測が開始され、着陸寸前まで作動するので、下図に示すように、出発地、到着地付近の CO2 の高度分布と巡航中の緯度・経度分布(水平分布)が測定できます。
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| CMEによる観測 |
@ 試験観測におけるデータ
2005年11月から開始された747-400型機による試験観測結果の一例を以下に示します。
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| 図 1. CME と ASE の比較 |
図 1 は、12月のシドニ⇒成田間の飛行時に観測された、CME と ASE の CO2 濃度を緯度方向に重ねてプロットしたものです。
両者は良く一致しており、上空で取り込んだ大気の CO2 濃度をその場で計測する CME が、ASE により採取された空気を研究室内という安定した環境下でより精密な装置を用い測定した濃度の値と比較しても、劣らない精度を有していることが読み取れます。
また、最大12個所という限られた地点でしか観測できない ASE に比較し、CME では、ほぼ飛行空域全般に渡り連続した測定が可能であり、よりきめ細かなデータが得られていることが分かります。
図 2 は、CME によって測定された、成田空港周辺と、ジャカルタ空港周辺の CO2 濃度の鉛直分布を表したものです。
成田付近では、ジャカルタに比べ、地表付近で高い CO2 濃度が観測されている点や、成田に比較してジャカルタの CO2 濃度が高度により大きな違いが無いことにより、熱帯域の対流圏で大気が良く混ざり合っていることも読み取れます。
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| 図 2. 鉛直分布 |
図 3 は、複数の便で ASE により採取された大気サンプル中の成分をプロットしたものです。 温室効果ガスの一つである、六フッ化硫黄 (SF6) のデータも表示しています。
ASE では、この他、CO2排出源を識別するため、炭素同位体比 (12C/13C) や、酸素同位体比 (16O/18O) を解析することとなっています。
![]() 図 3. ASE によって得られた各温室効果ガス濃度の緯度分布 |
A CO2 濃度の測定データの品質評価
CO2 濃度に関しては、ASE と CME との比較に加え、旧観測から新観測への移行に伴うデータの連続性について、検討が行われました。
ASE のフラスコサンプリングについては、観測装置の更新によるフラスコの保存性能の検証、分析機関の移管 (気象研⇒環境研) による標準ガススケール変更の影響、および観測機種の変更による採取空気の違いが検討されました。
フラスコの保存性能については、測器開発時、複数のフラスコを用いて検証したところ、約2日後のCO2 濃度の変化は極めて小さく、保存性は良好であることが確認されています。 したがって、測定から分析までの濃度変化による補正は必要としません。
標準ガススケールの違い(環境研の重量充填法 vs 気象研のWMO Mole Fractionスケール) については、濃度に依存した一定の関係が認められ、観測値の補正・統一が可能となりました。
また、ASE と CME の同時観測 5回の比較検証を行った結果、-0.2ppm〜+0.2ppm の範囲で良い一致を示しました。 ASE 採取付近での CME の観測値の変動も、0.1ppm〜0.2ppm 程度であり、自然変動や分析誤差の範囲で、両者の値は良い一致を示しています。
さらに、過去12年半の平均的変動、濃度変動の外挿値と ASE データ、CME データを比較したところ、在来747 型機により、1993年4月〜2005年11月まで実施された観測データとの連続性についても、大きな問題が無いことが確認されています。
B 観測データの公開
測器から得られた観測データは、必要とされる精度と品質確認を十分に行った上で、国内外の研究機関だけでなく一般にも幅広く公開される必要があります。 現在、それぞれの利用目的に応じた、適切なデータの提供・公開を行うべく、その時期、方法につき、検討が行われています。
また、これらのデータから得られた知見は、学識経験者を含む専門委員会などの助言も踏まえ、新着情報、観測結果の詳細や学会発表などで紹介されます。
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