<新大気観測プロジェクトの歩み>



1.航空機の空調システム

現代のジェット旅客機は、9,000m〜13,000mといった高々度を巡航しています。これらの高度では、外気温は−45〜−55℃程度、外気圧は地上の1/4〜1/6程度といった環境になっています。人間は、このような環境のもとでは生きていけないため、機内が空調されています。この空調には、二つの目的があります。一つは、機内の圧力を高めること(これを、与圧と呼びます)ですし、もう一つは、機内の温度を調整することです。

空調を行うためには、どこかから高圧の空気をもってくる必要があります。現在の旅客機では、ジェットエンジンから高圧の空気をもらってくるのがふつうです。

ジェットエンジンは、圧縮機、燃焼室、および、タービンから構成されています。このうちの「圧縮機」から、空調用の空気を少しもらってこようというわけです。しかし、現代のジェットエンジンでは圧縮比が30を超えるため、圧縮機からもらってきた空気は、圧力も温度も高すぎて、そのままでは、客室内に送り込むわけにはいきません。

そこで、圧縮機からもらってきた空気の圧力と温度を適切な値に調整する機能が必要になります。このような機能を担当しているのが、空調システムです。

空調システムの仕組み


この観測では、空調システムが客室内に供給する空気を、客室に入る直前のところで分流させて、ASE に供給するようになっています。つまり、ASE に保存された空気は、機体外部から直接採取されたものではなく、いったんエンジン内の圧縮機を通過したものです。




2.ジェットエンジンの仕組み

図には、ジェットエンジンの内部の様子が詳細に描かれています。

ジェットエンジン概観

しかし、この図を用いてジェットエンジンの作動の仕組みを説明することは簡単ではありませんので、ジェットエンジンの断面を簡略化した図を別に用意しました。

ジェットエンジンの作動原理

@の部分には、扇風機が何段にも並べられていると考えてください。エンジンの前方から吸い込まれた空気は、これらの扇風機によって、エンジンの奥の方に送り込まれますが、空気が流れるための通路が狭くなっていきますので、送り込まれた空気は、徐々に圧縮されていきます。

そして、Aの部分に達するころには、空気は30倍ぐらいに圧縮されて、高温・高圧の状態になっています。このAの部分では燃料が噴射され、燃料が燃えて、空気が膨張します。

Bの部分には、「かざぐるま」が何段にも並べられていると考えてください。Aの部分で膨張した空気が、Bの部分にある「かざぐるま」に勢いよく吹き付けて、「かざぐるま」を回転させます。

この「かざぐるま」が回転しますと、それが取り付けられている軸であるCを駆動しますから、@の扇風機も回転することになります。

つまり、エンジンの前方から吸い込まれた空気が、@の扇風機によって圧縮され、燃料の燃焼によって膨張させられ、「かざぐるま」を回転させます。ジェットエンジンの中では、このようにして、圧縮・燃焼・膨張、という過程が連続的に繰り返されています。ちなみに、@の部分は圧縮機、Aの部分は燃焼室、Bの部分はタービン、と呼ばれています。

ところで、タービンを回転させた(もちろん、圧縮機も回転させた)空気には、まだエネルギーが残っていますので、タービンを通った空気は、エンジンの後方の空気中に勢いよく噴射されます。そして、この反動によって、エンジンの推力が生じることになります。

機内の空調用の空気は、エンジンの圧縮機部から抜き取られますが、せっかく圧縮した空気を取られるわけですから、エンジンにとってはありがたくない話です。つまり、その分だけ推力は低下しますし、推力の低下を防ごうとすれば燃費が悪くなることになります。このため、お客さまの少ないときなどには、エンジンから抜く空気の量を極力少なくするような工夫がなされています。




3.航空機からの二酸化炭素排出量

現在、我が国から排出されている二酸化炭素の総量のうち、約 21 % が運輸部門からのものです。そして、その運輸部門のうちの約4 % が航空機から排出されています。

航空機からの二酸化炭素排出量

つまり、航空機から排出される二酸化炭素の量は、我が国全体の排出量の約 0.85 % となっています。このように、航空機から排出される二酸化炭素が意外に少ないのは、航空機輸送の絶対量そのものが少ないこともさることながら、航空機の燃費が思ったよりも優れているからです。

たとえば、ボーイング 777-300 型機が、満席で札幌から東京までの約 900 km を飛行すると、約 10,450 リットルの燃料を消費しますので、1リットルあたり約 0.086 km(86 m!)しか飛行できないことになりますが、お客さまが 470 名ご搭乗されていますので、1リットルあたり約 40 Km・人(0.086×470)という輸送量を達成できていることになります。

もちろん、いつも満席で飛んでいるわけではありませんから、この値は最大値を示すものです。なお、飛行機の場合には、客室の下にある貨物室に、お客さまの手荷物以外にたくさんの貨物を搭載しておりますが、上記の値には、その輸送量は含めておりませんので、実質的には、さらに優れた輸送量を達成していることになります。

これは、燃費性能の向上に伴う燃料そのものの節約と、燃料消費の低減に伴う航続性能の強化による大都市間の直行化の実現、というエアライン側からの要請に応じて、航空機メーカーなどが、燃費改善のための努力を重ねてきた結果です。


ジェット旅客機の燃費の変遷

航空機の燃費は、電車や自動車と同様に、機体の空力性能、エンジンの燃費性能、および機体の構造重量、の3つのものによって支配されます。これまでに達成された航空機の燃費改善は、これらのうちの「エンジンの燃費性能の向上」に最も大きく依存してきましたが、その他の2つの要素も重要であることはもちろんです。我が国は、機体重量の軽減を図るためのカーボン複合材の多くを供給するなど、航空機製造の世界においても、世界に大きく貢献しています。

一方、エアライン側も、消費燃料を節約するためのさまざまな工夫を行っています。着陸に先立ってフラップや着陸装置を出しますが、これらはいずれも大きな空気抵抗を持っているため、それらを出すタイミングを極力遅くするというのは、その一例です。

そのほかにも、航空管制機関との協調の下に、国内線では短縮ルートを飛行するとか、国際線では、上空の風を考慮して燃料消費が最も少なくなるようなルートを飛行するとか最も燃料効率の優れた高度を飛行する、などといったことが行われています。

また、座席の軽量化、ミールサービス用の容器の軽量化などなど、エアラインが自身で実施できる軽量化にも力を注いでいます。




4.航空機の燃費を支配するもの(揚抗比)

電車や自動車と同じように、航空機の燃費も、機体の空力性能、エンジンの燃費性能、および機体の重量の3つのものによって支配されます。これを数式で書けば次のようになります。

ただし、M: マッハ数、L: 揚力、D: 抗力、TSFC: 推力あたりの燃料消費率、W: 重量

この第一項のうち L/D は、翼に発生する揚力と抗力の比を表すもので、ふつう、揚抗比と呼ばれています。

もし飛行機を、下右図のように、エンジンの推力だけで支えてやろうとすれば、たとえば、400トンの飛行機を4基のエンジンで支えるものとして、一発あたりの所要推力は100トンになりますが、これはまったく実現不可能なことです。なぜなら、現時点でもっとも大きな推力を発揮できるボーイング777型機用のエンジンですら、その最大推力は50トン程度しかないからです。

では、下左図のように、翼によって飛行機を支えてやるとどうなるでしょうか?
この場合には、揚力を発生させるときの副産物として生じる抗力と、胴体などによって生じる抗力だけをエンジンの推力で釣り合わせてやればよいわけです。


飛行機の推力で支える場合と揚力で支える場合の比較

現在の大型機は、15〜20程度といった揚抗比をもっていますが、計算を簡単にするために揚抗比が20であるものと仮定すれば、抗力は揚力の1/20で済むことになり、一発あたりの所要推力は5トンまで軽減されることになります。これが、飛行機を実用化させた理由のもっとも大きな理由です。

ところでL/Dに、揚力L=重量W、抗力D=推力T、という関係を代入してやれば、L/D=W/Tとなりますから、揚抗比の現実的な意味は、「ある推力でどれだけの重量のものが運べるか」ということを表すものであると考えることができます。

そのような考え方に立てば、船や鉄道では、その重量を地面や海水が支えてくれますから、それらの交通機関は大変に大きな揚抗比を持っており、飛行機の、約20などといった揚抗比ではかなり見劣りがする値となってしまいます。

しかし、各交通機関には、それぞれが得意とする速度領域がありますので、効率の比較を行うためには、その速度とL/Dを掛け合わせたものを使う方がより適切であるという考え方もできます。つまり、「ある推力でどれだけの重量のものをどれだけの速さで(ひいては距離を)運べるか」という指標を使おうというわけです。

これが、第一項の(M×L/D)の意味合いです。
図は、近年の大傑作であるボーイング747-400型機の、揚抗比と(M×L/D)を示したものです。

747-400 の L/D と M×L/D


右図から、747-400型機はマッハ0.85で飛行するのが得策であることが分かりますし、現実に、747-400型機はマッハ0.85で巡航するのがふつうです。なお、左図ではマッハ0.85のところで揚抗比が急激に低下していますが、これは、この速度域では衝撃波が発生して抗力が急激に増加するためです。




5.航空機の燃費を支配するもの(エンジンの燃費)

つぎの項は、TSFC(Thrust Specific Fuel Consumption)ですが、これは、推力あたりの燃料消費率で、つまりところ、ジェットエンジンの燃費を表す指標です。ジェットエンジンの燃費は、エンジンの熱力学的なサイクルの効率と推進効率によって決定されますが、まず、熱サイクルについて考えてみましょう。

熱サイクルの効率を上げるためには、圧縮比と燃焼温度を上げれば良いことが分かっています。初期の大型旅客機に取り付けられたジェットエンジンでは、その圧縮比は16程度、また燃焼温度は1100℃度程度であったのですが、最新型のエンジンでは、それぞれ、33程度、1300℃程度といった値まで改善されています。

なお、一般的に燃焼温度が高くなるにつれて NOx の発生量が増加する傾向がありますので、最近では、高い燃焼効率を確保しつつ NOx の発生量を抑えるための技術開発が盛んに行われています。

つぎに推進効率ですが、初期のジェットエンジンは、ピュアジェットと呼ばれる、ファンを持たないエンジンでした。ところが、これでは排気の速度が大きすぎて推進効率を高めることは不可能でした。

たとえばボートを漕ぐときに竹竿のような細いオールですばやく漕ぎますと、小量の水がものすごい勢いでうしろに飛んでいくでしょうが、ボートそのものはなかなか進んでくれないということが想像できます。これに対して、大きな「うちわ」のようなオールでゆっくりと漕ぎますと、大量の水がゆっくりとうしろに進んでいって、結果としてボートは軽く進むわけです。

ジェットエンジンでも同じことで、大量の空気をゆっくりと後方に押し出してやった方が有利になります。これを実現したものがターボファンエンジンと呼ばれるもので、エンジンの前方に大きなファンを取り付けて、一部の空気だけをエンジン本体(エンジンコア)に送り込み、「残りの空気」は、そのまま後方に押し出すようになっています。

この「残りの空気」は、エンジン本体を通過することなくバイパスされるため、この種のエンジンをバイパスエンジンと呼ぶこともあります。また、エンジン本体をバイパスした空気の量と、エンジン本体に送り込まれる空気の量の比をバイパス比と呼んでいますが、現在の大型旅客機に搭載されているエンジンのバイパス比は、おおよそ5程度の値となっています。

ターボファンエンジンの原理


このターボファンエンジンの登場によって、ジェットエンジンの燃費は大幅に改善されました。




6.航空機の燃費を支配するもの(機体の重量)

最後に機体の軽量化ですが、飛行機が重くなり過ぎると、そもそも飛行そのものが成り立たなくなるということが軽量化を求められる根本的な理由ですが、そのほかにも、飛行機の場合には自動車のように途中で給油できないという事情もあります。


たとえば、ボーイング747-400型機が東京からニューヨークへ飛行する場合の代表的な離陸重量は約375トン程度ですが、このうち、燃料が約145トンを占めており、そのうちの約125トンの燃焼が実際に消費される燃料となっています(残りの約20トンは予備燃料です)。

そうすると、離陸直後の重量は約375トンであるのに対し、着陸直前の重量は250トン(375−125)になっていることになり、つまり、着陸時の重量は、離陸時の重量の2/3にも減少していることになります。ちなみに自動車の場合を考えてみますと、1トン程度の車体にたかだか 50 kg 程度のガソリンしか入れませんから、満タン時とタンクが空になったときの車重の差はほぼ無視できる程度のものになっています。

このように、飛行機では出発時と到着時とで重量が大きく変化することが、自動車とは大きく違うところです。

ところで、上記の状態での燃料消費率を比較してみてみますと、離陸後巡航高度に到達した時点付近、すなわち機体が重い状態での燃料消費率は一時間あたり12.6トン(15,700リットル)程度、ニューヨークに到着する直前、すなわち機体が軽くなった時点での燃料消費率は一時間あたり8.4トン(10,400リットル)程度といった値になっています。

このように、飛行機の場合には、燃料消費に伴う機体重量の変化によって燃料消費率が刻々と変化しますが、当初の燃料消費率が大きい理由は、簡単に言ってしまえば、たとえば10時間後といった、先で燃やすための燃料を自分で運んでいかなければならないことにあります。

ということは、何らかの理由によって機体の重量が重くなったとすれば、「着陸直前の燃料消費率がその分大きくなり、ひいてはその燃料を運んでいくための燃料が増加し、その結果、巡航全域にわたって燃料消費率が増加し・・・」、という悪循環を繰り返すことになります。そのために、航空機メーカーなどは機体構造の軽量化に向けて甚大な努力を重ねているわけです。


Copyright©1996−2008 JAL FOUNDATION. All Rights Reserved.